薬を使わないトゥレット症候群(チック症)と強迫性障害の治療 §28

Kurikiメソッド(the first edition in 2007)はトゥレット症候群(チック症)および強迫性障害を薬を使わずに治すことを目的とした理論である。この理論はこれらの病気の構造についての推論と解釈に基づいている。精神分析医を読者と想定して書かれており、一般の読者には難解であり、誤読の危険性がある。したがって、Kurikiメソッドは患者が最寄りの精神分析医により治療を受けること、患者とKurikiメソッドの間には常に精神分析医が存在することを前提とする。感情的カタルシスの爆発は強い影響を伴うため、一週間に一度、三秒間のみの実施であり、そのペースを超えた場合は過失による一種の事故である。そのような事故による一時的な精神的沈下は感情的カタルシスに関し未熟な精神分析医の責任とする。また、論理的思考力に乏しい患者には、頭の中でのトラウマ・イメージの加害者と現実世界での人物との錯覚的混同による暴力的復讐感情に関して精神分析医による個人的な説明が不足してはならない。

 

薬を使わないトゥレット症候群(チック症)と強迫性障害の治療
§28

 

3、再帰的被抑圧感覚

第三の位相では、チック症の《強迫性筋肉内感覚》のその箇所自体を抑圧するために《強迫性筋肉内感覚》がその箇所に現れ、循環し、《強迫性筋肉内感覚》が増幅することになる。たとえば、肩の《強迫性筋肉内感覚》を抑圧するための《強迫性筋肉内感覚》が肩の《強迫性筋肉内感覚》として現れると増幅する。
《強迫性筋肉内感覚》は不快感覚であり、抑圧の対象となる。ひとつの《強迫性筋肉内感覚》は意識された瞬間からひとつの再帰的被抑圧感覚となり、意識の中で増幅する。ひとつの《強迫性筋肉内感覚》はそれ自身の抑圧手段である。その意味で、すべての《強迫性筋肉内感覚》は、現れた瞬間から再帰的被抑圧感覚となり増幅をする。増幅の際、上層部の中では原始的感覚はもはや抑圧対象ではなくなり引き金となる。《強迫性筋肉内感覚》がそれ自体の抑圧であることの意識化が必要となる。
重症のチック症患者に見られる短いサイクルでのチックの動作の頻発は再帰的継続と考えられる。一回の《強迫性筋肉内感覚》の身体的不快感覚が一回のチックの動作で解決されていない状態である。絶対強迫には強弱や速い遅いの個人差はなく、ただ解決の不完璧さによってのみ重症になり得る。「解決」は、音楽用語でもあり、重症のチック症は解決和音もまた7th和音であるような状態である。重症のチック症の動作は、あたかも不随意運動のように見えるが、すべてのチックの動作は随意運動である。
《強迫性筋肉内感覚》が無意識によって作られるのに対し、増幅は意識によって行われる。その意味で、すべてのの《強迫性筋肉内感覚》は再帰的に増幅する。精神集中を要する行為などで意識による《強迫性筋肉内感覚》の増幅を切ることができる。

強迫性障害における身体感覚
OCDの《強迫性身体感覚》も同じ身体部分のOCDの《強迫性身体感覚》の抑圧手段となり増幅するが、意識はその身体的感覚を不安な気持ちとして解釈する。その結果、不安な気持ちが増幅するとみなされる。恐怖症との違いは、強迫性障害は恐怖の対象が身体的恐怖ではないということである。

反抑圧
一箇所での循環に対しては、原始的被抑圧感覚(たとえば性器の身体的感覚)を意識することにより、始めの《強迫性筋肉内感覚》を抑圧する。

不快な身体感覚の局所化
チック症の構造は不快な《強迫性筋肉内感覚》を限定された身体部分に局所化する。《強迫性筋肉内感覚》は、たとえば肩、首などのように身体上の位置とともに知覚される。呼吸を故意に止めた場合などの身体部分を限定しない身体的苦痛、および身体的には知覚できない絶対的強迫と比較できる。(Cf. §47 絶対的強迫)。
チックの動作は《強迫性筋肉内感覚》によって強制されるが、《強迫性筋肉内感覚》自体は耐えられないほど「痛い」ものではない。実際は絶対的強迫の中での強迫の増幅なのであるが、チック症の患者には《強迫性筋肉内感覚》の局所的不快感覚の増幅として知覚される。