付録・恐怖症およびパニック障害の古典的治療法

付録:
恐怖症およびパニック障害の古典的治療法

 

このページには恐怖症およびパニック障害、広場恐怖症などのための効果的な対症療法が紹介されている。たとえば Claire Weekes にも見られるような、すでに誰もが知る古典的な非フロイト的治療法である。したがって、トゥレット症候群および強迫性障害の原因療法であるメソッドには含まれない。また、このページの内容は PDF 版の「Kuriki メソッド」にも含まれない。とても表面的であり、容易に理解できる対症療法なので即効性がある。通勤電車や通勤バスなどのパニック障害をもち、一日でも早く治したい人のための記述である。これは神経症の治療ではない。(一方、Kuriki メソッドによる神経症の治療は少なくとも三ヶ月かける。Cf., Kuriki メソッド、§41 パニック障害の原因療法)

パニック障害の治療は、そのまえに先ず血液検査を伴う内科診察が前提となる。

パニック障害は罠のような仕組みになっている。患者は、その罠の仕組みを理解し、罠から出る方法を理解することによりパニック障害を治すことができる。恐怖症の症状が身体的に現れる場合も治療法は同じである。

パニック障害の仕組み
引き金 (trigger): その人にとって嫌いなものや嫌いな状況などが引き金になる。何でも引き金になりえる。その嫌いな事物は引き金にすぎないので、何々恐怖症などと引き金の種類によってパニック障害を分類すべきではない。引き金がないパニック障害はない。すなわち、パニック発作の可能性の考えが引き金になったら困るという考えが引き金になる場合もある。(広場恐怖症、等)

アドレナリンの分泌
嫌いなものに対して構える、緊張して準備をするという自然な防衛の仕組みが身体にはある。敵に対して命がけで戦うか、その状況から全力で抜け出すか、いずれにせよ身体的に反応する。身体を激しく動かすことになるわけであるから即座にそのための準備が身体の内部で始まる。その準備がアドレナリンホルモンの分泌である。アドレナリンが副腎から分泌されて、二、三秒で血液で全身にまわる。Cf., fight-or-flight response

副腎がある場所を正確に知っておく必要がある。

アドレナリンの作用による身体の状態の変化:
アドレナリンが分泌され、即座に全身にその作用が現れる。競争で100メートルを走る前や水泳でプールに飛び込む前のような緊張が、緊急対応として身体的に現れる。アドレナリンが血液循環によって全身にまわるのは副腎からの直接の分泌なのでとても速いのであるが、速いだけにその作用も一瞬で全部現れてしまい、そのとき以上の強さの作用はない。化学反応なので、同じ人にはいつも同じ反応が出る。

アドレナリン作用のいくつかの例 ・筋肉がわずかに緊張する、(手、腕、足、胃、喉のまわり、腹筋、等) ・額の発汗、・口の中、舌が乾く、・呼吸を多くしたい、・てのひらが汗ばむ、・心臓の鼓動が速くなる、・血圧が上がる、または下がる、等。

恐怖
恐怖は身体的な反応である。危険に対する身体的な警報、準備、アドレナリンの分泌が恐怖の感情、恐怖感である。恐怖感は生物の生存に必須である。その場から出たいと思うはずだ。アドレナリンが身体にその場から出るように命令するからである。脱出が困難な場所は嫌なもののはずである。

身体の状態の変化を恐れる。
ところが、身体の各部に現れたそれらの変化をアドレナリンの作用のひとつひとつとは認識せずに、「何か」が身体に起こっているというふうにだけ、「感じ」のひとつの大きな全体として受けとってしまう人がいる。たとえば、腕の筋肉が少し緊張していると認識するのではなく、「何か」が身体全体に起こっているとだけ判断してしまう。口の内部が乾いても、アドレナリンが分泌されて唾液が減ったとではなく、来たか、また「何か」が、あるいは「あれ」が身体全体に始まったというふうにだけ考えてしまう。

この段階では、恐怖症の対象は嫌いなもの、引き金そのものではない。身体の状態、自分を裏切る身体の不安定さに対する恐怖である。(呼吸を多くしたくなったときは逆に呼吸を最小限にしたほうがよいのであるが、それを知らない人は何回も深呼吸をしてしまう。Cf., 過換気症候群、呼吸性アルカローシス)

迫りくる身体状態の悪化を恐れる。
「あと二秒後に身体が最悪の状態になる」と思う。身体状態の変化に対する恐怖。アドレナリンの作用によってなされた緊張した気持ちのなかで、これからどのように身体が変化していくのか分からないという不安で切迫する。恐怖症の対象は、まだ知らない、二秒後に起こるかもしれない身体的な何かである。その知らないということが恐怖症の対象としての条件であると言える。

しかし、それだけではない。その場所が物理的に極端に不快適であるということではない限り、切迫した身体感覚の原因が、たとえば「この場所は出口がない」といったような精神的な認識対象であることをあなたが知っているということが問題である。

恐怖を恐れる。Phobophobia

恐怖によって身体的変化が起こったので、さらなる恐怖がさらなる身体的変化の原因になることを恐れる。「たとえ自分の心は平気にしていても、もしも身体が恐怖すると困る」ということへの恐怖。

恐怖の増幅。

恐怖で点火した身体がさらにもっと燃えたら困るということへの恐怖がさらに火に油を注いだら困るというふうに増幅する。怖くなったら困ることへの恐怖。身体的恐怖への身体的恐怖というように増幅する。恐怖のカラの、ニセの増幅がパニックである。恐怖が恐怖の対象なのでニセである。レーザー光線は鏡の箱のなかで反射しつづけながら増幅するが、恐怖が恐怖のなかで恐怖によって身体的に増幅する。燃えるような強い身体的な感覚。

窒息状態のようなところを周囲の人たちに見られたくないとも思うはずである。

アドレナリンが分泌されたときのことを思い出して、自分の身体のどこがどうなるか、すべてこまかく箇条書きにする。アドレナリンの作用は強く感じられるが、微かにしか感じられない部分もある。できるだけ見つけにくいところまで、すべてこまかく箇条書きにする。とても微かな反応もあるので、こまかいところまで箇条書きにするのは難しいかもしれないが、そのこまかい、気がつかないようなところがとくに大切である。二十ほどはありそうだ。数々の身体的反応の集合をひとつの警戒信号のような感覚として全体的に解釈してしまうのが間違いである。「何かが身体に起こった」ではなく「アドレナリンが分泌したために身体のここと、ここと、ここと、ここの筋肉が緊張して、血圧が変化した」というふうに正しく判断する。恐怖症によるパニックは実はパニックに対する恐怖症である。「恐怖する身体」が恐怖症の対象である。パニック自体がパニックの対象。「ゆうれいのしょうたいみたりかれおばな」のように、対象自体が空白であることを認識する。

恐怖する身体
正常なアドレナリン効果を身体的異常と解釈する間違い。運動場で遊んでいる子供たちはアドレナリンでいっぱいである。汗をかいてフーフー言っている。恐怖の最大値はアドレナリン作用の最大値であり、恐怖は痛みと同じように身体的レベルで理解すべきである。たとえば蜘蛛など、すべての人は何か怖いものがあるが、血圧の変化と恐怖を混同する必要はない。別の言い方をすれば、「恐怖」が「血圧の変化」に他ならないことを知るということである。