薬を使わないトゥレット症候群(チック症)と強迫性障害の治療 §20

Kurikiメソッド(the first edition in 2007)はトゥレット症候群(チック症)および強迫性障害を薬を使わずに治すことを目的とした理論である。この理論はこれらの病気の構造についての推論と解釈に基づいている。精神分析医を読者と想定して書かれており、一般の読者には難解であり、誤読の危険性がある。したがって、Kurikiメソッドは患者が最寄りの精神分析医により治療を受けること、患者とKurikiメソッドの間には常に精神分析医が存在することを前提とする。感情的カタルシスの爆発は強い影響を伴うため、一週間に一度、三秒間のみの実施であり、そのペースを超えた場合は過失による一種の事故である。そのような事故による一時的な精神的沈下は感情的カタルシスに関し未熟な精神分析医の責任とする。また、論理的思考力に乏しい患者には、頭の中でのトラウマ・イメージの加害者と現実世界での人物との錯覚的混同による暴力的復讐感情に関して精神分析医による個人的な説明が不足してはならない。

 

薬を使わないトゥレット症候群(チック症)と強迫性障害の治療
§20

 

密閉状態の物の影響

慢性チック症の安定状態
密閉容器の中身と同じように、感情のかたまりの中の感情が感情のかたまりの外に出ることはない。感情のかたまりの中の感情はリビドーとは混ざらずに、感情的カタルシスが行われない限り無期限に保存されている。チック症の《強迫性筋肉内感覚》を作っているリビドーは密閉容器の中身の感情とは無関係である。リビドーは大きな密閉容器の存在が原因でチックのチック症の《強迫性筋肉内感覚》を作っているが、密閉容器の内容は原因ではない。喩えて言えば、洗濯機の中には衣類を入れて洗うが、もし洗濯機の中に大きな缶詰が入っていたら、中でガタガタとぶつかって洗濯機が正常に動かない。感情のかたまりの中身ではなく、肥大した感情のかたまりの存在がリビドーの正常な動きを妨げるのである。患者の無意識には感情のかたまりの存在をもっていることの負担は常にあるので、チック症の《強迫性筋肉内感覚》は寝ているとき以外は常に現れる。チック症の《強迫性筋肉内感覚》は、その時その時のストレスや不安や興奮などとは関係がない。さらに正確に言うならば、ひとつの大きなものを常に抑圧しつづける作業がチック症の上層部の存在である。

密閉容器の中身
密閉容器の外側の表面は幼児期の精神的トラウマのイメージである。密閉容器の中身はそのイメージの裏に閉じ込められた不快感情である。精神的トラウマは幼児期における性的性器的身体的に不快な物のイメージである。(繰り返すが、不快とは、もしも抑圧されないのならば不快であるはずであるという意味。抑圧をしている子供は楽しそうな子供である。) そのイメージは容易に意識対象となるが、裏に感情が隠れている。トラウマのイメージは抑圧されない。トラウマのイメージから当然起こるべきはずの不快感情が抑圧されていて、そのことによってそのイメージがトラウマと呼ばれる。トラウマのイメージは楽しいイメージである可能性がある。無数のありふれたイメージのうちから、どのイメージの裏に感情が隠れているかを探す。性欲は性的であると意識によって判別されたリビドーの現れであるので、意識された性欲が抑圧されることはない。幼児期において、性欲として意識されなかったリビドーは、まさに精神活動そのものであるから、密閉容器の中には入らない。つまり、性欲がトラウマ感情として抑圧されることはない。性器は身体部分であるから、トラウマ感情として抑圧されることは不可能。幼児期の性的、性器的、身体的に不快であるべき感情が抑圧される。神経症は、その感情のかたまりを身体的に抑圧する手段である。汚言症(コプロラリア)やツバを飛ばすチックの動作を外の世界に対する無意識な攻撃性とみなすのは間違い。チックの動作は患者の内側の世界におけるトラウマ感情を抑圧するための手段の一部である。
・不快判断をその場で即、表現できるのが理想である。あるいは、健康な抑圧とは不快な感情が隙間だらけで抑圧され、自然にその不快感情が意識化され、換気される状態である。
・PTSD では、強烈な出来事が抑圧の収容力をはるかに超えている。トラウマイメージの鮮明さも限界を超えている。抑圧は限界を超えて機能し、様々な身体的症状が出る。
・チック症では、強すぎる抑圧機能が毎日の不快な感情を完璧に抑圧し、長い期間をかけて巨大な感情のかたまりが形成される。何がトラウマかも分からない。