薬を使わないトゥレット症候群(チック症)と強迫性障害の治療 §31

Kurikiメソッド(the first edition in 2007)はトゥレット症候群(チック症)および強迫性障害を薬を使わずに治すことを目的とした理論である。この理論はこれらの病気の構造についての推論と解釈に基づいている。精神分析医を読者と想定して書かれており、一般の読者には難解であり、誤読の危険性がある。したがって、Kurikiメソッドは患者が最寄りの精神分析医により治療を受けること、患者とKurikiメソッドの間には常に精神分析医が存在することを前提とする。感情的カタルシスの爆発は強い影響を伴うため、一週間に一度、三秒間のみの実施であり、そのペースを超えた場合は過失による一種の事故である。そのような事故による一時的な精神的沈下は感情的カタルシスに関し未熟な精神分析医の責任とする。また、論理的思考力に乏しい患者には、頭の中でのトラウマ・イメージの加害者と現実世界での人物との錯覚的混同による暴力的復讐感情に関して精神分析医による個人的な説明が不足してはならない。

 

薬を使わないトゥレット症候群(チック症)と強迫性障害の治療
§31

 

下層部

カプセル化
トラウマ感情はポテンシャルな感情として絶縁体のカプセルに入っている。感情のかたまりの表面のイメージは他の感情を伴わない普通のイメージと同じように記憶の中に並ぶことになり、はたしてどのイメージの下に不快感情が詰まっているかが分からなくなる。結果として、患者は「トラウマを忘れた」、あるいは「トラウマはない」と思う。実際はトラウマイメージは常に見えている。見えているからこそ避けるのである。トラウマイメージを避ける手段が上層部の三角形である。

上層部
チック症の上層部は、三つの関係を辺とする小さな三角形。
(1)合理化と動作意思。
(2)チック症の《強迫性筋肉内感覚》と動作意思。
(3)合理化とチック症の《強迫性筋肉内感覚》。

(1) 合理化と動作意思を結ぶ線は超自我を通過する。合理化は、正当化の容易な随意運動の動作とその動作に対応する随意筋の精神的運動単位を選ぶ。チックの動作の正確な形態が合理化によって限定され、意識に入る。その正確さは、汚言症の単語の発音、ツバを飛ばすチックの動作、(両手で)手を叩くチックの動作などに顕著であり、それはジストニアの無秩序な不随意な実際の筋肉収縮とは対照的である。

(2) チック症という病気の構造の中では、動作意思は絶対強迫への屈服である。患者の意識の中では、動作意思はチック症の《強迫性筋肉内感覚》への屈服。動作意思は、筋肉の中で必要性の飽和に向かって増幅するチック症の《強迫性筋肉内感覚》の解決としてチックの動作の随意運動を強制される。

(3) 無意識と身体の直接的関係
合理化とチック症の《強迫性筋肉内感覚》を結ぶ線は、超自我を通過しない。合理化により選択された随意筋の中にリビドーのエネルギーがチック症の《強迫性筋肉内感覚》を作る。恐怖症におけるアドレナリンの分泌による身体感覚の変化に対する恐怖、その恐怖が増大して身体変化が増大することへの二重の恐怖、切迫感の増幅には、アドレナリンの分泌の10秒位の時間が必要である。それに対し、合理化による随意筋の選択とリビドーは直接的であり、電気的スピードで随意筋の中にチック症の《強迫性筋肉内感覚》が形成される。チック症の《強迫性筋肉内感覚》の形成はアドレナリン分泌によるものではない。リビドーレベルにおける無意識と身体の直接的関係は神経症の構造の中心的要素である。

トラウマの有無
チック症は、しばしばとても小さな子供の頃から始まるが、下層部なしで、上層部のみでチック症になることはない。強迫性障害などの他の神経症の上層部をひとりの患者がもつことが多く、絶対強迫の原因となる同一の下層部の存在が推論される。自分には絶対に性的性器的トラウマなどというものはないとみなす患者がトラウマの有無に関して考える必要はまったくない。チック症の患者にはこのことに関する議論は必要ない。自分にはトラウマはないと考える患者は、そのままトラウマはないと考えていて結構である。チック症の患者は上層部において不快な身体感覚の意識化を頻繁にするだけで、二、三週間のうちに自動的にトラウマが徐々に見えてくる。覆いとなっている上層部を解体することにより、下層部が見えてくるということである。上層部に関する理解が自動的に性的性器的トラウマの発見につながる。

Kurikiメソッドの不可逆性
その意味で、Kurikiメソッドは一度始めたら後に戻れないようにもみられるかもしれない。一度始めたらチック症の完治まで自動的に行き着くようにみられるかもしれない。その点に関して、三つの可能性がある。
・もし、トラウマが見つからないのならば、Kurikiメソッドは利かないということになる。
・もし、トラウマが発見されたならば、これからの大切な人生のためにトラウマを掃除しておく。
・事実とは異なる過誤記憶を思いつくことがしばしばある。このことについても精神分析医の役目がある。チック症の原因となる実際のトラウマは日常の普通のことがらに対する幼児的な感受性によることが多いはずであるが、過誤記憶のトラウマは性的虐待などでもありえるので要注意。過誤記憶は精神分析学全体における問題であり、Kurikiメソッドに限った責任範囲を超えている。

カタルシス
実際はトラウマイメージを見つけただけではチック症は治らない。意図的な感情的カタルシスを少しずつ少しずつ実行しない限り、チック症の治療は先に進まない。もしもKurikiメソッドを始めたあとで、途中でいやになった場合は意図的な感情的カタルシスを実行しなければ、その地点で治療は中止される。チック症の人は抑圧がとても強いので、治療には意図的なカタルシスが必要であるということ。

Kurikiメソッドには三つの冒険がある。
・性的性器的トラウマが見つかったときに、はたして加害者を理性的に許すことが自分にできるか。加害者に暴力をふるうということはないか。Cf., §08.
・感情的カタルシスを少しずつ少しずつ行うことが、はたして自分にできるか。除反応は強力ですあるので、侮ってはいけない。Cf., §35.
・チック症が治る過程において精神的なバランスが一時的に乱れて不安感をもったときも、静かに落ち着いて、理性的に客観的に回復を待つことができるか。(10分間?) Cf., §35.
Kurikiメソッドの冒険とは Kurikiメソッドの危険性のことであり、筆者の懸念でもある。筆者は、感情的カタルシスは読者の近所の精神分析医の補助とともに行なわれるべきであることを明記しておく。