『失われた時を求めて』を読んでみる 005

              

II
Combray, de loin…
|| 広く広がっていることを à cent lieues à la ronde と言うので、à dix lieues à la ronde はこじんまりした村であることを意味する。|| aux lointains 遠くからの眺めにおいて。この aux は parlant の関節目的補語を導くものではない。|| pastoure 羊飼いの少女。|| primitif この男性名詞は、ここでは14世紀、15世紀の、中世のという意味。|| Combray, ce m’était qu’une église. という文での教会が四つの現在分詞で修飾されていく。|| ville これを機械的に「市」と訳すと雰囲気をこわす。|| de loin と quand on approchait によって文が二つに分かれるかのようにも読めるのであるが、よく見ると Combray, ce n’était qu’une église résumant la ville … , tenant serrés autour de … というような、一息に続いた構造になっているのである。//

À l’habiter…
|| du pays この地方の。 わざわざ遠くから運んできたのではなく、つまらないものであることを意味する。de ce pays とすると、良い意味での特殊性をもつ。|| précédé 通常、時間的に使われるが、ここでは空間的に前にあること。|| degrés 通常、足で踏む段には marches のほうがよく使われる。|| rabattre シャツの襟などを下に折り返す。|| assez…pour qu’il faux inf. 何々せねばならないほと・・・である。 || salles ここでは地上階の居間を意味している。括弧に入れてあるのは、通常は大きな建築物の大広間も意味する語であるが、人々がそのように呼んでいたからであろう。小さな部屋を salle と呼ぶのは、多少、からかうような響きがある。chambre が個別の部屋をさすのであろう。

des rues aux…
||うっかりすると大叔母さんの家は四本の通りに面しているように読めてしまい、相当大きな家のように誤解してしまう。最初のサンチレール通りは聖人の名がついているというだけの話で家とは無関係。|| サン・ジャック通りの名から帆立貝とマドレーヌが連想される。

et ces rues de…
|| 形容詞が修飾している名詞、代名詞が示している名詞がどれであるかに多少紛らわしさがある文章だ。また、二つの si が、ひとつの que に掛かっている。さらに plus…que の比較が加わる。peinte は mémoire。cellles は couleurs。elles、les および irréelles は rues。|| 教会の句が接続詞 et がついて paraissent toutes plus irréelles の間に挟まっているのに違和感がある。et ではなく avec ではないのか。教会が女性名詞であるので救われているが、もし男性の名詞が来た場合は irréels となり、文が見苦しくなったかもしれない。

et qu’à certains…
||最初の que は、前出の si…que がまだ続いているもの。|| il me semble que に動詞の不定詞が直接続いているのに驚くが、続く文の後のほうの動詞 serait の主語としての名詞的用法の不定詞の pouvoir である。語り手が書いている現在においてもコンブレーが実在している pouvoir encore という事実において、もしも (si) コンブレーに行ったなら、あたかも serait 別世界への入り口になるかのようであった。|| soupirail 建物の地下の部分の窓が地面の高さにあるもの。|| l’Au-delà 大文字で始まり、しかも定冠詞が付いている。現代では、死後の世界、あの世という意味でこのように書かれる。

La cousine de…

|| 同じ敷地に家が二軒くっついて建っていた。バカンス中は語り手と彼の両親は大叔母さんの家のほうに泊まっていて、もう一軒のほうがレオニー叔母さんの家だ。レオニー叔母さんの部屋は上の階にあったので、居間などに来ることも、降りて来るという言い方が常にされていた。|| 括弧内にある緑に茂ったに続く独立分詞節は、グラン・プレではなく、プチ・プレを修飾していることは文脈から判断される。|| 道が uni とは、道が単調で平坦な様子。|| grès 砂岩。|| サン・ジャック通りは石であるかのような印象すら与えていた、rue Saint-Jacques qui semblait à même la pierre という骨組みの隙間に沢山の語が割り込んで文ができている。

Ma tante n’habitait…
|| 部屋の匂いは、部屋の壁、床、天井、机、椅子などの物体の匂いというよりも、空気の匂いをその部屋に入ったとたんに嗅ぐものである。空気は流れていて常に換気されているはずであるのに、あたかもその空気が部屋にいつも留まっているかのように思える。レオニー叔母さんの部屋は、空気の入れ替えを日課のように行っていたと書いておきながら、その空気の匂いについて記述されている。|| des parties entières の des は、不定冠詞の付いた une partie entière の複数。|| pays 地方という意味であり、国ではない。|| enchantent des mille odeurs の des は de +les であり、enchantent avec les mille odeurs というような文。enchantent の主語は qui すなわち ces chambres de province || 最後の関係代名詞 que の先行詞は、その前の四つの名詞。|| vie secrète, invisible, surabondante et morale とてもキリスト教的な語として解釈されるべきであろう。

odeurs naturelles…
|| ピリオドからピリオドまでをセンテンスとするのならば、長文ともいえるのであるが、セミコロンやハイフンを使っているので、短文をつなげたもの、名詞を修飾した部分を並べたものにすぎず、文の構造として大きなものを築いているわけではないので、とても長い文として感心する必要はない。ヒポコンドリアックなレオニー叔母さんの二つの部屋の匂いに関する記述が続く。|| encore, certes は、次の mais déjà に対応している。確かに、まだ充分に自然なものであるが、しかし、すでに人工的な面もあるという言い方。田舎の果樹園に対する戸棚で表される、屋外と室内のコントラスト。|| couleur du temps は無変化で「薄い空色の」、「水色の」の意。前置詞などを伴わずに、直接、名詞のあとに置かれてそれを修飾する。odeurs couleur du temps 空色の匂い。|| celles = odeurs || voisin コンブレーの村は田園風景に囲まれている。 || gelée という名詞が二度、異なる意味で使われている。最初のほうは前置詞や冠詞を伴わずに odeurs を修飾する形容詞のごとく置かれている。色を表す形容詞的な名詞の用法にならい、匂いを表す形容詞的な名詞の用法であろう。odeurs gelée exquise ゼリーであるが、日本人が想い描くのは冷蔵庫で作った冷たいプルプルした寒天状のものであろうが、フランスでは広口のビンに入ったジャムのようなものであり、果物の繊維が見えなく、きれいに透き通っているものをさす。ジャムのようにパンに塗って食べる。|| レオニー叔母さんの部屋の匂い odeurs (複数)の描写が続く。反対語のような形容詞女性形複数が並ぶ。et でぬすばれているが mais と同じような意味であり、何々であると同時に何々であるという言い方。このあたりの語を詩的にゆっくりと味わうのでなければプルーストを読む意味がない。プルーストは決してむずかしい語は使わないので、和訳する場合にも然り、とても平易な自然な語で解釈されるべきであろう。|| saisonnières, mais mobilières et domestiques 外部の季節によって変化する屋外の匂いでありながら、一年を通して部屋の内部の構成要素となっているような匂い。|| “gelée blanche” は寒い冬の朝に屋外で見られる霜のこと。冬の朝、パン屋から焼きたてのバゲットを買ってきて、部屋に戻ると、まだ温かいパンの柔らかさで外での霜の棘の印象が修正される。|| oisives et ponctuelles きちんと時刻どおりではあるが、それで別に何をするということでもない。|| flâneuses et rangées いつも同じ場所にゆっくりと漂っている || insoucieuses et prévoyantes 匂いというものは《空気が読めない》。どこでどのような匂いがしているかは、傍若無人で無頓着なことである。また、何かが匂っている時には、その匂いを発している物を見る前に、まず嗅覚のほうが先に気が付くことが多い。たとえば、私の妻が台所でコーヒーを入れたなら、私が何をしていようともコーヒーの匂いは、人に無頓着な猫のように遠慮なくこちらに漂ってくる。そして、そのものを見る前に、私はコーヒーが入れられたことを知るのである。|| lingères 形容詞。名詞 linge は、テーブルクロス、シーツ、エプロン、下着など、頻繁に洗濯しながら使うもののこと。その意味において、ここでは家政婦によって洗濯されている白い布製品の糊の匂いのイメージかもしれない。|| d’un prosaïsme は heureuses についている。surcroît にではない。|| la および y 、これは les と y であるべきで、ces (deux) chambres de province のことだと思われる。|| そこに住んでいる者にとっては毎日の平凡な生活としての幸福感であるが、そこに住んでいない人間、都会から来た客にとっては詩的インスピレーションの宝庫のような幸福感。

L’air y était…
|| la fine fleur d’un silence このような比喩を métaphore in praesentia と呼ぶ。レオニー叔母さんの部屋に入り、その美味しい空気のなかを歩いていくのは一種の美食であった。|| このように par という前置詞が使えるようになりたいものだ。動詞 avancer から続いているのであるが、変化するものの、その時の状態における空間を意味する。語り手の意識に蘇る記憶の新鮮さが伝わってくる。この作品の大切な要素であり、思い出された光景の臨場感が表現されていなくてはならないのだ。


avant que j’entrasse…
|| 確かに冬という季節は独特の暖かさを屋内にもたらす。この文は読者に前のほうで書かれた冬の部屋のところ、manteau という語などを思い出させる。プルーストが自分の描き出したい雰囲気を巧みに表現できていることが分かり、これならば小説のストーリーは要らないようにも思えてくる。|| tante と on の間にはコンマがない。この on は多分お手伝いさんのフランソワーズのことかと思われる。|| en faisait この動詞の主語は前にさかのぼって陽の光。en は叔母さんの部屋の前の部屋。すなわち、明るい部屋のまぶしさの中にいるわけだ。manteau は暖炉の前の部分、凱旋門のような形でサンタクロースが出たり入ったりする部分、マントルピースのこと。 un devant de four はパンなどを焼くかまどの前の部分で、たとえば、大きなグラタンとか、これからパン生地を丸めたものを並べて乗せた盆や焼きあがったパンの盆などをいったん置くところ。かまどの奥ではなく、前のほうだ。まぶしい陽の光が差し込む窓が炉であり、煤の匂いの効果で部屋全体がひとつの巨大な「かまどの前の部分」のようにプルーストには見えた。|| 外に雪でも降り始めたら、部屋の中はその分だけ暖かいものに感じる嬉しさがある。その嬉しさをプルーストはポエジーという語を用いて表した。


je faisais quelques…

|| 語り手の現在は常に現在で書かれているので、半過去で書かれた文章は過去に関する記憶が蘇っているという意味であっても過去である。記憶が蘇った語り手の現在の想像の中で行動ではない。|| au crochet かぎ針で編んだ || pâte パンを焼くために小麦粉を練ったもの || travailler パン生地を練ること || イーストのふくらし粉のことを levure という。|| il 暖炉に燃えている炎。 les 部屋の匂い。|| feuilleter ミルフィーユのような薄く重なった層にすること || revener inf. 戻ってきて何かをするときには、続く動詞は直接に不定詞を続ける。|| nervure médiane は葉の中心を縦に走る葉脈のこと。主脈。|| odeur fade むっとするようないやな匂い。|| あたかもパンを焼くときのような暖炉の良い匂いのする部屋。そして次にレオニー叔母さんのベッドの粘着質な匂いのほうへ。


Dans la chambre…

|| レオニー叔母さんはヒポコンドリアック || qu’elle eût déplacé en parlant trop fort 接続法大過去は、条件法過去第二形である。= qu’elle aurait déplacé. そして仮定を表す gérondif. = si elle avait parlé trop fort. || en empêchant le sang de s’y arrêter 条件を表す  gérondif. || motilité レオニー叔母さんは自分の健康の調子に関して《しっかりとしない》微妙な体感を意識していた。


Malheureusement…

|| 通常、人は自分が健康であるという気持ちとともに元気に生活するものであるが、ヒポコンドリアックのレオニー叔母さんは、むしろ自分の健康状態が微妙であることに執着している。よく眠れないということも皆に言い続け、そのような心配の中で生きるのである。|| penser tout haut 考えていることを大きな声で言ってしまう。|| faire attention à ce que 接続法、ne pas faire attention à ce que 接続法 || garder la trace うっかり忘れたりしないように気をつけている。 || un somme 昼寝。ちなみに「合計」は la somme || réfléchir ひとりでちょっと考えごとをする。自動詞。|| reposer 自動詞。|| se reprendre 話の続きを話始める。


Au bout d’un moment…

|| son thé レオニー叔母さんのための茶。飲み物には、飲む人の所有形容詞をつける。|| elle demandait à la place sa tisane ぼんやり読んでいると、ここで前置詞 de が抜けているように見えるが、ここでは elle demandait sa tisane に副詞句として à la place が挟まって置かれているである。|| tilleul 滅茶苦茶に間違えて発音するぐらいなら、発音を無理矢理にカタカナで「チヤル」と書いてしまうのも決して無益ではない。一番目の母音も二番目の母音も短い。最後のLは「ユ」ではない。|| qu’il fallait mettre ここでの動詞 falloir を「何々すべき」 と解釈するのは誤り。これは英語の you are going to do .. と同じで、することの順番を強調する言い方。「そして、その次にそれを」と訳す。|| treillage これは茶漉しの網ではなく、細かい葉が重なり合っている様子を表現したもの。|| comme si 接続法大過去。会話などで現在の文で用いる時には、comme si 直接法半過去。||


Les feuilles…

|| リンデンの葉に熱湯をかけると、いろいろなデタラメなものにも見えてくる。|| étiquette 物に付けられている小さな四角い紙の総称。|| on eût supprimé これは接続法大過去ではなく、条件法過去第二形。もしも、いい加減に製造されたものであったのならば、なくなっていたであろうような細部。当時はハーブティーの葉っぱは薬屋が「必要以上に丁寧に」作っていた。|| ceux は tilleul の木々のこと。|| avenue de la Gare パリの Austerlitz 駅の近くに存在するが、むしろ架空の通り名と考えるべきであろう。前置詞と定冠詞つきで dans l’avenue de la Gare とは書かれていない。avenue xxx 、rue xxx、boulevard xxx の前では、前置詞 à は 必ず定冠詞とともに置かれるが、前置詞 dans や sur の場合は、ここでのように前置詞と定冠詞が省略されることが頻繁にある。ちなみに、住んでいる町の前では à が省略されることも多い。J’habit à Tokyo. J’habit Tokyo. || vieilli 意味としては「干されている」ということ。


Et chaque caractère…

|| 『失われた時を求めて』は文学作品なので少年の想像力にそぐわない表現の噓っぽさには甘んずるほかない。|| métamorphose という語の説明を調べると、何の métamorphose であるかということにおいて caractère の métamorphose として書かれている。生物の変態は、その生物の caractère の変態である。その意味で、caractère は形態と訳されるべきであろう。たとえば、咲いている花の形態は蕾という形態が変態したものである。|| de petites boules リンデンの花は玉になっている。dans それらに混ざって。pas venus à terme 育っていない。大きくなっていない。|| rose d’or カトリック教会の装飾品 || fleurir 他動詞であり、直接目的補語は、薬屋の袋。|| l’éclat rose = signe = flamme rose de cierge || cierge は辞書には大きなロウソクと出ているかもしれないが、キリスト教に関係する意味でのロウソクは小さな短いもの、ガラスの容器に入っているものも含め、全て cierge と呼ばれ、明かりを目的とした総称 bougie と区別される。レオニー叔母さんの部屋で、熱湯の中のリンデンの葉、つぼみ、小さな枝などが祭壇のロウソクの炎のバラ色の光に照らされていた。炎がバラ色のわけがないので、たぶんロウソクがそのような色のガラスの容器の中で燃えていたのではないだろうか。|| «en couleur» ギユメに入っているは植物が「よく育っている」という意味をもたせるため。|| signe de la différence entre… の間に「消えたフレスコ画の形跡をうかがわせるように」という形容が置かれている。|| lueur, leur, couleur, fleur この leur という音節の柔らかな音が繰り返されている。


D’un côté de son lit…

|| tenir à la fois de qqch et de qqch ・・・と・・・の両方であること。|| Vichy-Célestins スーパーマーケットでも売っているミネラルウォーターの名前であり、商品名でもある。Source des Célestins と呼ばれている泉から取られている水。Source des Célestins, Vichy || chronique 噂やゴシップなどの記事が載せてある新聞。


Je n’étais pas avec…

|| Je n’étais pas avec ma tante depuis cinq minutes, qu’elle me renvoyait この que は接続詞 queand や comme などの代用であり、前の ne pas や depuis などの語とは無関係。「五分とはたたないうちに、もう」の意。|| renvoyer 部屋から出ていかせる || faux cheveux つけ毛 || vertèbres 解剖学的には額は脊椎に含まれないので、語の使い方としては正しくない。|| couronne d’épines キリストが処刑の際にかぶっていた茨の輪の冠 || rosaire ロザリオ || avec vous これは複数としての人称代名詞であるが、語り手の他に誰を指しているかは不明。|| レオニー叔母さんはフランソワーズに何かを頼みたかったのだが、子供には何であるのかを言いたくなかったと解釈されそうであるが、すぐ次に、語り手の家族がバカンスに来るとフランソワーズはレオニー叔母さんをないがしろにしがちだったことが書いてある。前文の vous が明らかとなる。


Françoise, en effet…

|| attendre qqch pour inf 何々を待ってから何々する。英語の wait for とは、まったく異なる。


À peine arrivions-nous…

|| ma tante = ma grand’tante || bonnet à tuyaux 筒をまとめたような作りになっている。スキーのジャンプの選手がこういう感じの帽子をかぶっていることがある。

|| sucre filé 砂糖を熱してカラメル状にしてから糸状にしたもの。|| || À peine … que のあとにあるので、nous apercevions の直接目的補語は les remous concentriques である。複数で書かれている。concentriques は数個の図形が同じひとつの中心点をもっているという意味であり、渦が内側に回っている centripète なのではない。五フランもらえる期待の笑顔をこんなふうに描写されたら、たまらない。


C’était Françoise…

|| ténèbres 複数で用いられる語。|| de chapelle まるでチャペルの中のような暗さ。通常、チャペルの中は、それほど暗いというものではない。|| 他動詞 exalter の主語は l’espoir、直接目的補語は le respect。


Maman me pinçait…

|| mieux この副詞は「知っていた」に掛かっているのであり、もし「人」に掛かっている形容詞ならば女性形で meilleure となる。|| avoir un goût vif pour 好意をもつ。好きに思う。|| 動詞 noue の主語は la circulation || tragique 名詞。悲劇作家。|| habituel ここでは「常時の」の意


Aussi, avec…

|| grand’mère, folio 版には、フランソワーズはこのときには年をとっているように書いてあるが、失われた時を求めての最後の部分ではそれほど年寄りとしてではなく書いてあるという註がある。


Et quand il …

|| pleurait ここでは他動詞。 || vous serez désolée, mais vous vous ferez une raison? 残念に思うでしょう。でも、しかたがないと諦めますか。反語。|| rayons X, folio 版の註より。エックス線が発見されたのは 1895 年、それはプルーストが 24 歳の時であり、語り手が子供の頃にはなかったはず。|| Mme Octave レオニー叔母さんのこと。|| faire venir は物に関しても使える。|| présenter de l’intérêt 他の人にも知るだけの価値がある。|| une autre personne ||


Ma tante se …

|| Ma tante レオニー叔母さん || tuyautage レースの生地のものの縁に筒型の襞を並べて作ること。

|| aussi belle … que ミサに行くときの服装も早朝の台所での仕事着も、どちらも美しかった。これをフランソワーズ自身が何を着ていても、(たとえボロを着ていても)美しい容姿だったと解釈すると誤り。どのような種類の服装においても、どのような場合の服装でも、それなりに常にきちんと着ていたという意味。服装をほめているのである。|| que 接続法 ou non || prévenance 親切心、心くばり。(ちなみに、出所は provenance) || cet agrément …, ce bavardage この指示形容詞 ce は、特に前出の何かをさしているのではなく、使用人によくありがちな、例の、というような意味。|| recouvre の不定詞は recouvrer か recouvrir であるが、ここでは文脈より後者。 


Quand Françoise…

|| レオニー叔母さんはヒポコンドリアであった。毎日ベッドに寝たり起きたりしていて、窓から見える近所の出来事をフランソワーズに語る。夫のオクターブは既に亡くなっている。|| 小説の文章であるため、地の文の二箇所で接続法半過去が使われているが、日常的な文章では主節の時に関係なく接続法は常に接続法現在が使われる。||「初めて」に不定冠詞 une が付いているが、これを前置詞 pour と定冠詞 la にすると生まれて初めてという意味になってしまう。女中さんとして一日に何回も叔母さんの部屋に上がるのであろうから、不定冠詞 une が付くことにより、一日のうちでの第一回目としての副詞句となる。この不定冠詞にふさわしく、習慣的な仕事として動詞に re- が付いている。|| 「必要である」il faut の否定形は通常「してはならない」の意である。それに対し、この箇所ではあたかも「必要がない」のように訳されそうでもある。しかし、自分の健康状態などにヒポコンドリアであるような神経質な叔母さんは女中さんが自分の意見を偉そうに言ったりすると怒ったりするのかもしれない。その意味では、女中さんは叔母さんに自分の意見を言ったりしてはいけないのであり、したがってここでは「フランソワーズは叔母さんに自分の意見を言ってはいけないわけではなかった」と解釈される。|| 最後の晩餐でキリストが、このパンは私の身体、この杯のワインは私の血だと言ったのであるが、パンと杯をユカリスティーと呼んでいる。パンがロスティー l’hostie 、杯がルキャリス le calice 。ミサで行なわれるの聖体パンの儀式が聖体奉挙 l’élévation。コンブレーの家は語り手の母方の人たちでユダヤ系なので、叔母さんはカトリックの教会のミサには行かない。窓から見ていると年寄りのマダム・グピルがミサに行く時に、一緒に行く更に年寄りのお姉さんの家に立ち寄るのに手間取っていた。あれだけ遅れていたのだから、もしも更に道でまごまごするようなことがあったならば、きっと教会に到着するのがとても遅くなったはずに違いないという話。フランソワーズは「もしもそうならば、きっとそうでしょうね」と、ただ聞き流すように答える。


Françoise vous seriez…

|| vous seriez venue 条件節を si を用いずに、条件法で表す。|| カトリックの女子修道院の院長を la mère 誰々と呼ぶ。キャヨ。m は大文字にはならないようだ。|| ここでの donc はドンと読む。|| Il n’y aurait rien d’étonnant qu’elles viennent de chez M. le Curé この viennent は接続法。この que は条件節をつくる que であり、étonnant à ce que ではない。|| 最初にアスパラガスと言ったときには複数の不定冠詞 des が使われているので、代名詞は où elle en a eues とすべきところだが、叔母さんが実際に目で見たアスパラガスの束のことなので定冠詞が使われるのも間違いではない。|| 複数の不定冠詞の付いた名詞の前に形容詞が置かれる場合には、その不定冠詞は de になる。形容詞 pareilles の後の名詞が代名詞の en となり、前に置かれている。|| バカンスに来ている語り手の家族を旅行者と呼んでいる。|| M. はムッスューと読む。|| フランソワーズは«驚くにはあたらない»という言い方をよくするようだ。|| この je vous crois bien は反語的な表現。|| de rien ろくでもないような。 || 「腕」という語が単数で使われているが、通常は複数になる。|| アスパラガスは細くて小さいほうが容易に茹でられ、縦の繊維も柔らかくて美味しいのではないだろうか。叔母さんが大きなアスパラガスのほうを好んでいるのが不思議である。


Françoise vous n’avez pas…

|| carillon は単数で数個の鐘のひとまとめのこと。|| 二回使われている Il faut que は、ここでは何々に違いないの意。l’ は頭のことで、直後に名詞で繰り返されて明確化されている。|| remercieer は他動詞で、直接目的語を取る。|| 口語において、人名の前に定冠詞を付けることがあり、親しみなどを表す。フランス語では、単語の綴り字のなかのアクセントの付かない g や gue は曖昧母音のような音が伴い、しっかりと一音節として数えられる。無理にカタカナで書けばギョァのように発音される。たとえば、Google はグーギョァルのように発音される。Maguelone は、四音節で発音される。そして、そのように強く発音されるならば、プルーストが勝手に考えた名前であろうが、ma gueule, ta gueule などが連想されるのである。また、インチキやごまかしの意の piperie という名詞もある。

マルセル・プルースト 失われた時を求めて