韓国ドラマのノリでどんどん読みすすむ『源氏物語』01

genji monogatari


古文助動詞


免責事項 Disclaimer
・ 当ページには《独自の解釈》が多く、それらは通説とは一線を画している。当ページの内容により読者が試験でペケをもらっても当サイトは一切責任を取らない。


源氏物語

源氏物語の正しい音読の仕方は、おおかた次の通り。


てんてん、あるいは、ちょんちょん、が付された濁音は、文節の頭以外において、鼻音 ŋ を先行させて発音される。


さ、し、す、せ、そ
→「シャ、シ、シュ、シェ、ショ
濁音「ジャ、ジ、ジュ、ジェ、ジョ」「ンジャ、ンジ、ンジュ、ンジェ、ンジョ
(これらは、チャ、チ、チュ、チェ、チョの濁音としての、ンヂャ、ンヂ、ンヂュ、ンヂェ、ンヂョ、ではない。)


は、ひ、ふ、へ、ほ
→ 文節の頭「ファ、フィ、フ、フェ、フォ
欧米の前歯が下唇に当たる f の音ではない。両唇は接触する。ギリシャ語には ph、両唇の狭い間での空気の摩擦音 φ がある。奈良時代はパピプペポのみであったが、その p が破裂しなくなったもの。
→ 源氏物語の音読におけるハ行転呼、文節の頭以外での「ウァ、ウィ、ウ、ウェ、ウォ」には諸説があるが、当サイトでは、独断的に、ハ行転呼は避け、ハ行はハ行で読む。ただし、助詞「は」「へ」に関してのみ「ウァ」「ウェ」と読む


「た、ち、つ、て、と」
→「タ、ティ、トゥ、テ、ト」
濁音「ダ、ディ、ドゥ、デ、ド」「ンダ、ンディ、ンドゥ、ンデ、ンド」


わ、ゐ、う、ゑ、を
→「ウァ、ウィ、ウ、ウェ、ウォ



→「イェ


平安時代には「」の文字が存在していなかった。


文節の頭以外において、ん、あるいは唇を閉じる子音の前で m で発音される場合が多い。


撥音便無表記
」を補って読む。
あなり、あめり、あべし、なめり、など。
あんなり、あんめり、あんべし、なんめり


拗音
小さな「ゃ、ゅ、ょ」(当時、そもそも拗音そのものが存在していなかった)
大きな「や、ゆ、よ」として、独立した音節で読む。


促音
当時、小さな「」は書かれなかった。


一音節の名詞
伸ばして読む。例、名「なあ」、歯「はあ」


高低アクセントは関西弁に準ずる。


桐壺


いづれの御時にか
女御更衣あまたさぶらひたまひけるなかに
いとやむごとなき際にはあらぬが すぐれて時めきたまふありけり

「御時」おほむとき
「女御」にようご
「更衣」かうい
「際」きは
「ぬ」未然+、ず、打消、連体形、準体法
「いとやむごとなき際にはあらぬが」 準体法。皇后となるに相応しい超上級の家柄ではない娘が。女御ではない娘が。
「が」犬が吠えた、などの格助詞。逆接、しかし、の意味の接続助詞、が、ではない。
「すぐれて時めきたまふ」 準体法。《独自の解釈、漢字では、勝れて、であり、競争に勝って、の意。女御、更衣、桐壺更衣自身、東宮の母となることを第一の目的として入内していた。桐壺更衣は15歳ぐらい、弘徽殿女御は子供を二人出産しているので20歳過ぎ、帝は22歳ぐらいであることが推定される。紫式部は、当時の読者に、この帝のコミカルで軽薄なキャラクターを想像させる。》
「けり」 伝聞過去。《独自の解釈、過去時制は、ここだけ。原則として、あとは現在時制で書かれていくようだ。》


genjimonogatari
さっそく悪役たちによるイジメが始まる

はじめより我はと思ひ上がりたまへる御方がた
めざましきものにおとしめ嫉みたまふ

同じほど それより下臈の更衣たちは
ましてやすからず

《独自の解釈、当時の読者は、嫉妬、嫉み、恨みからのイジメを中心とする話の筋、宮中の若い女達のきたない競争の展開をニヤニヤしながら期待した。》
「はじめより」自分たちの入内のときから、自分こそ将来の天皇の母であると気位高く自負している女御たち
「めざましきものに」この迷惑な事態に際し。あること、ないこと、陰口を叩き、桐壺更衣の悪評をひろめようとした。位も低く、容姿も劣る娘たちは、将来の天皇の母となるチャンスはゼロであった。
「嫉む」そねむ
「下臈」げらふ


《思ふ》 おもふ
おもはず、おもひたり、おもふ、おもふ時、おもへども、おもへよ
《思す》 おぼす、尊敬語
おぼさず、おぼしたり、おぼす、おぼす時、おぼせども、おぼせよ
《思ほす》 おぼほす、尊敬語
おぼほさず、おぼほしたり、おぼほす、おぼほす時、おぼほせども、おぼほせよ


朝夕の宮仕へにつけても 人の心をのみ動かし
恨みを負ふ積もりにやありけむ
いと篤しくなりゆき もの心細げに里がちなるを
いよいよ飽かずあはれなるものに思ほして
人のそしりをもえ憚らせたまはず
世のためしにもなりぬべき御もてなしなり

「朝夕の宮仕へ」あさゆふのみやづかへ、帝の寝所に侍ること。《独自の解釈、勿論、人に恨まれても病気にはならない。桐壺更衣は入内の後、すぐに妊娠してしまうが、当時の読者は表向きは病気ということに無理矢理している書き方を楽しんだ。推量の、けむ、たぶん恨みが原因だったのでしょう、という白々しい言い方。「朝夕の」というのも愉快。》
「人の心をのみ動かし」周囲の女性たちをとてもイライラさせ。「のみ」は「動かし」の強調であり、「何々だけを」という限定の意味ではない。
「篤しく」あつしく、病気になる
「里がち」桐壺更衣の実家、二条院、は内裏から歩いて15分ぐらいのところ。里、は田舎という意味ではない。内裏の外にある、宮仕えの女性の実家のこと。
「いよいよ飽かず」ますます際限なく
「あはれ」ここでは愛着を表す
「憚らせたまはず」はばからせたまはず。せたまはず、帝への二重敬語。人からどう見られようと、おかまいなしに。
「ためし」意味は、先例、話の種、の二つがあり、ここでは後者。すぐ後の文では前者。
「なりぬべき」ぬ、完了、終止形。べし、推量。


上達部上人なども あいなく目を側めつつ
いとまばゆき人の御おぼえなり 唐土にもかかることの起こりにこそ世も乱れ悪しかりけれと
やうやう天の下にも あぢきなう人のもてなやみぐさになりて
楊貴妃の例も引き出でつべくなりゆくに
いとはしたなきこと多かれど かたじけなき御心ばへのたぐひなきを頼みにて まじらひたまふ

「上達部上人」かんだちめ、うへびと。政治官僚
「あいなく」不快そうに、気に入らなく思いながら
「目を側め」そばめ。目をそらす。顔を背ける。よく思わず、の意味であり、もちろん実際の動作ではないが、実際の動作が想像される。
「つつ」複数の人たちの反復・継続の動作、様子。連用形+、接続助詞。
「まばゆし」度を過ぎている。見ていられないほど。決まりが悪い。御おぼえ、を修飾。
「人の御おぼえ」人に対する寵愛
「唐土」もろこし
「悪し」あし
「やうやう」しだいに
「天の下」あめのした。宮中だけでなく、世の中に。
「あぢきなし」← あづきなし。不当。苦々しく、面白くない。
「人のもてなやみぐさ」どうしてよいか分からないこと。悩みの種、厄介事。
「楊貴妃の例」やうきひのためし。白居易の長恨歌。安禄山の乱。傾国の美女。《独自の解釈、「引き出で」、楊貴妃の物語を引き合いに出しての言葉だけの中傷ではなく、実際に国家社会の存立が危うくなる事態を誘発すること。》
「連用形+つ+べし」強意の「つ」+推量「べし」の連用形。きっと・・・してしまうことだろう。結果の推量。
「はしたなし」体裁が悪い。
「御心ばへ」みこころばへ。おもいやり。「御心ばへのたぐひなき」=たぐいなき御心ばへ。の、同格。
「まじらふ」動作主は桐壺更衣。
ことの重要性を国全体に広げ、宮中の狭い空間だけの話にならないようにしている。


父の大納言は亡くなりて
母北の方なむ いにしへの人のよしあるにて
親うち具しさしあたりて世のおぼえはなやかなる御方がたにもいたう劣らず
なにごとの儀式をももてなしたまひけれど
とりたててはかばかしき後見しなければ 事ある時はなほ拠り所なく心細げなり

父親が高い身分であったとしても、その父親が死んでしまうと残された家族の身分は人としての素晴らしさに関係なく低くなる。
「北の方」固有名前ではない。正妻のこと。
「いにしへの人のよしある」= よしあるいにしへの人。の、同格。由有る、由緒ある家柄の
「さしあたりて」副詞、まさにその時において実際に。華やかなる、を修飾。
「御方がた」おほんかたがた
「いたう」いたく、のウ音便、下に打ち消し、ず、が続いて、もし劣っていたとしても少しだけ、の意。
「後見」うしろみ
「し」副助詞。強意。
「事ある時は」《独自の解釈、更衣としては問題なかったが、正式に高い身分が問われ、それに左右されるようなこと、たとえば、東宮候補の妊娠。》


先の世にも御契りや深かりけむ
世になく清らなる玉の男御子さへ生まれたまひぬ


いつしかと心もとながらせたまひて 急ぎ参らせて御覧ずるに
めづらかなる稚児の御容貌なり

「先の世」さきのよ
「御契り」おほんちぎり
「けむ」《独自の解釈、過去推量、さぞかし・・・だったのでしょうね、というのはイヤミな言い方。妊娠の期間に関し一言もなく、突然の出産が書かれる。「先の世にも御契りや深かりけむ」は、若い帝がスケベ、の婉曲表現、京ことば。京都の人に褒められたときには裏の意味に気をつける。ピアノ、上手おすな(ピアノがうるさい)。ていねいにしてくれはって、おおきに(仕事がのろすぎる)。》
「男御子」をのこみこ
「さへ」《独自の解釈、あきれたことに》
「生まれ」むまれ
「いつしか」待ち遠しく
「心もとながる」という動詞。帝は、じれったく思う。
「せたまふ」「させたまふ」二重敬語。尊敬の「す」や「さす」には「給ふ」などの尊敬の助動詞がつく。
「参らせて」まゐらせて。実家で生まれた赤ちゃんを内裏に連れてこさせて
「御容貌」おほんかたち



一の皇子は右大臣の女御の御腹にて 寄せ重く 疑ひなき儲の君と世にもてかしづき聞こゆれど
この御にほひには並びたまふべくもあらざりければ
おほかたのやむごとなき御思ひにて
この君をば私物に思ほし かしづきたまふこと限なし

帝がこの赤ちゃんをとても気に入っていることは、話の展開の上で重要。
「一の皇子」いちのみこ、第一皇子
「右大臣の女御」右大臣の娘の弘徽殿女御
「御腹」おほんはら
「寄せ」後見
「儲の君」まうけのきみ、東宮
「世に」とても
「もてかしづく」大切に育てる
「にほひ」光源氏の美しさ
「べくもあらざりければ」べし 推量。 も 係助詞、終止形の結びは流れている。
「おほかたの」一の皇子に対しては一応の、普通の
「御思ひ」おほんおもひ
「私物」わたくしもの


初めよりおしなべての上宮仕へしたまふべき際にはあらざりき

おぼえいとやむごとなく
上衆めかしけれど
わりなくまつはさせたまふあまりに

そもそも桐壺更衣の勤めは帝につきっきりでするようなものではなかった。ところが、気品ある女性であったにもかかわらず、帝が一日中一緒にいたがるので安っぽい女に見られてしまっていた。それゆえ、たとえ、もし、将来、男子を妊娠したとしても、その子は東宮になるはずもないと思われていた。しかし実際にこの美しい男の子が生まれてみると・・・。
「上宮仕へ」うへみやづかへ
「おぼえ」御・・・、がついていないので、人々の評判
「上衆めかし」じゃうずめかし。気品のある。「軽き方にも見えし」の逆。
「わりなく」むやみに、しきりに
「あまりに」それに加えて

さるべき御遊びの折々 何事にも ゆゑある事のふしぶしには まづ参う上らせたまふ
ある時には大殿籠もり過ぐして やがてさぶらはせたまひなど
強ちに御前去らずもてなさせたまひしほどに
おのづから軽き方にも見えしを
この御子生まれたまひて後は いと心異に思ほし掟てたれば
坊にも良せずはこの御子の居たまふべきなめりと
一の皇子の女御は思し疑へり

「さるべき御遊び」おほんあそび、正式な
「折々」をりをり
「ゆゑある」風情のある
「まづ」他の偉い女性たちを差し置いて、
「参う上らせ」まうのぼらせ
「大殿籠もり過ぐす」おほとのごもりすぐす。寝過ぐす、の尊敬語。
「やがて」そのまま
「さぶらはせたまひ」さぶらふ、の後なので、せ、は使役。
「強ちに」あながちに +`打消。決して
「御前」おまへ
「去らず」+`動詞、そのまま、そこで、その場で
「ほど」名詞、様子
「軽き方」かろきかた
「心異に思ほし掟て」こころことにおもほしおきて。桐壺更衣を特別に大切に扱うので。
「坊」ばう、東宮坊
「良せずは」ようせずは。悪くすると、ひょっとすると
「居たまふ」ゐたまふ


人より先に参りたまひて
やむごとなき御思ひなべてならず
皇女たちなどもおはしませば
この御方の御諌めをのみぞなほわづらはしう心苦しう思ひきこえさせたまひける

弘徽殿女御の愚痴、それに対する帝の様子。
「参り」まゐり、入内、参内
「やむごとなき」これを、《帝の》と訳す。
「御思ひ」おほんおもひ。帝の弘徽殿女御のほうも大切に待遇する気持ち
「なべてならず」並々でない
「皇女」みこ、帝との娘
「御方」おほんかた
「御諌め」おほんいさめ、非難
「のみ」御諌め、ではなく、思ひきこえさせたまひけり、を強調。
「なほ」それらの理由から、なおいっそうのこと
「わづらはしう」複雑な気持ちで
「思ひきこえさせたまひけり」思った、尊敬



かしこき御蔭をば頼みきこえながら
落としめ疵を求めたまふ人は多く
わが身はか弱く ものはかなきありさまにて
なかなかなるもの思ひをぞしたまふ

桐壺更衣の気持ち。
「かしこき御蔭」 かしこきみかげ、帝の庇護
「きこゆ」 謙譲の補助動詞
「多く」 おほく
「疵を求む」 あらさがしをする
「なかなかなる」 《独自の解釈、そもそも帝を愛していたのではないので、もう、いやになっちゃった》
「もの思ひ」 悩み



帝は清涼殿、一の皇子の母親は弘徽殿、桐壺更衣は淑景舎(しげいしゃ)にいる。
御局は桐壺なり

あまたの御方がたを過ぎさせたまひて
ひまなき御前渡りに 人の御心を尽くしたまふも げにことわりと見えたり

《独自の解釈、当時の読者には、この辺りは笑うところ。「ひまなき」》
「御局」みつぼね
「桐壺」清涼殿から遠く、移動の際、他の殿舎の前を通らなくてはならない。
「過ぎさせたまひて」帝への二重敬語
「ひまなき」隙なき、連日の
「御前渡り」おまへわたり。前渡り、前を通り過ぎること
「人の」他の女御更衣たち《が》
「御心を尽くす」みこころをつくす。悔しい思いをする。自動詞、動作主は、「人」。


参う上りたまふにも
あまりうちしきる折々は
打橋渡殿のここかしこの道にあやしきわざをしつつ
御送り迎への人の衣の裾 堪へがたくまさなきこともあり

「参う上り]  まうのぼり。そして、桐壺更衣のほうが清涼殿に向かう場合には。
「うちしきる」 頻繁な
「折々] をりをり
「打橋渡殿] うちはし、取り外しのできる板橋。わたどの、屋根のある渡り廊下。
「あやしきわざ」 見ただけでは気が付かないように、ひそかに、ごく少量の汚物を散らしておく。
「御送り迎への人] おほんおくりむかへのひと(女性)。淑景舎の着いた時に匂いで気が付く。
「衣の裾] きぬのすそ
「まさなき」 具合が悪い。不都合な。《独自の解釈、「堪へがたくまさなき」この言い方に、当時の読者は笑ったはず。》


またある時には
え避らぬ馬道の戸を鎖し籠め こなたかなた心を合はせて はしたなめ わづらはせたまふ時も多かり

「またある時には」 《独自の解釈、この言い方にも、当時の読者は、面白いなと笑いながら読んだはず。》
「避らぬ」さらぬ。避けることができない。
「馬道」めだう
「鎖し籠め」さしこめ
「はしたなむ」どうしようもなくさせる
「わづらふ」自動詞
「たまふ」《独自の解釈、宮中の話なので、文章のそこかしこに敬語が使われるのであるが、「はしたなめ わづらはせたまふ」の敬語は面白い。》
「多かり」おほかり。まるで過去の助動詞がついているように見えるが、形容詞、おほし、カリ活用の終止形。


事にふれて数知らず苦しきことのみまされば
いといたう思ひわびたるを いとどあはれと御覧じて
後涼殿にもとよりさぶらひたまふ更衣の曹司を他に移させたまひて 上局に賜はす
その恨みましてやらむ方なし

「のみ」は、「増さる」ふえる、を強調しているのであり、だけ、という意味ではない。
「いとど」ますます
「後涼殿」こうらうでん。清涼殿の隣
「曹司を他に移す」ざうし。後涼殿の部屋に住んでいた別の更衣を移動させ。
「上局に」うへつぼね。居室のほかに、帝の近くに与えられた部屋として。
「賜はす」たまはす
「やらむ方なし」やらむかたなし、という一つの形容詞。
帝は、空気の読めない、何をしたら人が頭にくるかがわからない男だった。


この御子三つになりたまふ年
御袴着のこと 一の宮のたてまつりしに劣らず
内蔵寮 納殿の物を尽くして いみじうせさせたまふ

「三つ」みつ、数えで三歳
「御袴着」おほんはかまぎ
「こと」ありさま、袴の立派さの程度
「たてまつる」着る、の尊敬語
「内蔵寮納殿」くらづかさ、天皇の宝、物品の保管をした。をさめどの、金銀・衣装などの保管をした。


それにつけても 世の誹りのみ多かれど
この御子のおよすげもておはする御容貌心ばへありがたくめづらしきまで見えたまふを
え嫉ねみあへたまはず

「それ」御袴着
「誹り」そしり
「およすげ」または「およすけ]、「およすく」成長する、自動詞下二の連用形。
「御容貌] おほんかたち
「を」順接の接続助詞、ので、原因、理由。格助詞ではない。
「あふ」敢ふ、完全に成し遂げる。「嫉ねみあへたまはず」憎むにしても、顔が綺麗なので、ちょっとしか憎めない。ルッキズム。


ものの心知りたまふ人は
かかる人も世に出でおはするものなりけりと
あさましきまで目をおどろかしたまふ

「ものの心知りたまふ人」 ものしり
「出で」いで、
「けり」詠嘆。
「あさましきまで」あきれるほど


その年の夏
御息所 はかなき心地にわづらひて まかでなむとしたまふを
暇さらに許させたまはず

「御息所」みやすんどころ、御子の母。(桐壺更衣)
「はかなし」弱々しい
「心地」ここち、病気
「まかづ」(実家に)退出する。「まかで」 未然形、あるいは連用形。ここでは連用形
まかでず、 まかでたり、 まかづ、 まかづるとき、 まかづれど、 まかでよ、ここでは連用形。
なむとす、(動詞連用形) + ぬ、完了、未然形 + む、当然・適当 + と、格助詞 + す

「暇」いとま
「さらに」けっして


年ごろ常の篤しさになりたまへれば
御目馴れて なほしばしこころみよとのみのたまはするに
日々に重りたまひて ただ五六日のほどに いと弱うなれば
母君泣く泣なく奏して まかでさせたてまつりたまふ

「年ごろ」としごろ。長い間
「篤しさ」あづしさ、または、あつしさ
「御目」おほんめ
「重り」動詞、おもる、の連体形
「五六日」いつかむいか、または、いつかむゆか
「弱う」よわう
「奏し」そうし、帝に申し上げる
「まかでさせたてまつりたまふ」(北の方が娘を)まかでさせたまふ、これに、たてまつり(御息所に対する母からの尊敬)、が挟まれている。


かかる折にも
あるまじき恥もこそと心づかひして
御子をば留めたてまつりて
忍びてぞ出でたまふ

限りあれば さのみもえ留めさせたまはず
御覧じだに送らぬおぼつかなさを言ふ方なく思ほさる

《独自の解釈、この部分は、このあとの「・・・わりなく思ほしながら まかでさせたまふ」までの場面設定の説明。更衣は実家に出発し、御子と帝は宮中に残る設定が読者に知らされる。》
「折」をり
「恥」はぢ、死穢(しえ)
「心づかひ」用心
「留め」とどめ、宮中に残す
「忍びて」三歳の我が子と二度と会えない悲しみ。
「限り]かぎり、いよいよ迫っている死穢を避ける規則
「さのみ」むやみに。帝もさすがに諦めて。
「させたまはず」二重敬語、中止法
「御覧じ送る」見送る、の尊敬語。帝は更衣を実家まで見送ることはできない。読者に、ここが別れの場面であることを明らかにする。


genji monogatari 01 01 b

(桐壺更衣の様子を帝が御覧ずる)
いとにほひやかにうつくしげなる人の
いたう面痩せて
いとあはれとものを思ひ染みながら
言に出でても聞こえやらず
あるかなきかに消え入りつつ ものしたまふを御覧ずるに

(帝は)
来し方行く末思し召されず よろづのことを泣く泣く契りのたまはすれど
(桐壺更衣が)
御いらへもえ聞こえたまはず まみなどもいとたゆげにて いとどなよなよと 我かの気色にて臥したれば
(帝は)
いかさまにと思し召しまどはる

「の」が
「面」おも
「思ひ染み」おもひしみ。更衣は現実を悲しんでいるのであるが・・・
「言に出でても聞こえやらず」ことにいでても。も、係助詞 +終止形。更衣は唇は動いているが、声が出ていない。
「あるかなきかに」存在感がなくなるほど弱々しく
「消え入る」ときどき意識がなくなるほど、死にそうである
「ものす」いる。ここでは、我慢して耐えている、の意。
「来し方行く末」きしかたゆくすゑ。帝は支離滅裂に約束事を並べ立てていた。
「御いらへ」おほんいらへ。返事
「聞こえたまはず」更衣は、声が出ていない。
「まみ」めつき
「我か」われか、自分なのか他人なのか区別もつかないようなぼんやりした
「いかさまに」帝は、どうしたらよいのかと


輦車の宣旨などのたまはせても
また入らせたまひて さらにえ許させたまはず

「輦車]てぐるま。更衣の身分には破格の待遇
「宣旨]せんじ。桐壺の更衣が出発するための命令を出したあとも。
「また入らせたまひて」またいらせ。帝はまた桐壺更衣の横になっている部屋に入って来て。二重敬語
「さらに」けっして
「許させたまはず」桐壺更衣の出発を許さなかった


限りあらむ道にも後れ先立たじと契らせたまひけるを
さりともうち捨ててはえ行きやらじ

《帝の台詞》
「限り]かぎり
「む」推量
「後れ先立たじ」おくれ。互いに先立ったり遅れたりしない。
「契らせたまひける]ちぎらせ。更衣に対する二重敬語
「さりとも」いくら重い状態にあるとはいえ
「行きやる」ゆきやる。行ってしまう
「じ」打消推量

とのたまはするを
女もいといみじと見たてまつりて

「のたまはする」のたまふ、未然形 + す、最高敬語、連体形。
「女」をんな
「いみじ」はなはだしい、悲しい

限りとて 別るる道の 悲しきに
いかまほしきは 命なりけり
いとかく思ひたまへましかば

(更衣の台詞)
《独自の解釈。「に」逆接、悲しくはありますが、しかし。「いかまほしき」の動作主は命であり、そもそも死ぬことは命の属性、死ぬのは命の本性。命が死のうとしているのです。自分が詠んだ歌の意味に対し、反実仮想で、そうは言っても、実はそのように潔く悟ったかのように考えることはできない。いとかく思ひたまへましかば 悲しき道ならざらましを。「もしも、死は命の本来の属性ですなどとカッコよく言ったとおりの覚悟ができていたのならば、悲しくはなかったのでしょうが」If I had resigned myself to my words, “death is an inherent attribute of life”, I would not feel this sadness.》

と息も絶えつつ聞こえまほしげなることはありげなれど
いと苦しげにたゆげなれば
かくながらともかくもならむを御覧じはてむと思し召すに

「ともかくもならむ」 死ぬかもしれない状態
「御覧じはてむ」 宮中で最後まで見とどける

今日始むべき祈りども さるべき人びとうけたまはれる 今宵より

「さるべき人びとうけたまはれる」 桐壺更衣の家での既に僧たちに依頼済みの祈祷儀式。
「と聞こえ急がせば」 と実家の死者が輦車の係に言ったので。
「今宵] こよひ

と聞こえ急がせば
わりなく思ほしながら まかでさせたまふ

「わりなく」 辛く
「まかでさせたまふ」 させ、使役。




御胸つとふたがりて つゆまどろまれず明かしかねさせたまふ

あとに残された帝の様子
「御胸」おほんむね。
「つと」ずっと
「れ」可能
「明かし」あかし、夜を明かし。眠れずにいる。


御使の行き交ふほどもなきに なほいぶせさを限りなくのたまはせつるを

桐壺更衣の実家は二条院、御所から西南に1kmほどのところで、歩いて15分で着く。更衣の容態を気遣う帝は《ひっきりなしに》「御使の行き交ふほどもなきに」使者たちを実家に送っていた。
「御使」 おほんつかひ
「行き交ふ」 ゆきかふ
「ほど」(往復にかかる)時間
「なほ」ますます
「いぶせさ」気がかり
「つる」つ、完了、連体形

夜半うち過ぐるほどになむ絶えはてたまひぬるとて泣き騒げば
御使もいとあへなくて帰り参りぬ

「夜半」 よなか、と読む
「泣き騒げば」《独自の解釈、使者が実際に自分の目で遺体を見て、死んでました、と帝に報告するのではない。実家の人が使者に更衣の死を伝えるのであるが、ただ「伝えた」と書いたらドラマにならない。》
「も」家の人たちは落胆して、使者も落胆して。
「あへなく」がっかりして
「帰り参りぬ」かへりまゐりぬ


聞こし召す御心まどひ 何ごとも思し召し分かれず 籠もりおはします

「聞こし召す」 報告を耳で聞く
「御心」 みこころ
「まどひ」 動詞
「おぼしめし分く」 おもひ分く、分別する、の尊敬語
「籠もり」 こもり


御子はかくてもいと御覧ぜまほしけれど
かかるほどにさぶらひたまふ例なきことなれば
まかでたまひなむとす

靫負命婦、ゆげひのみゃうぶ、が北の方を訪れる場面で、御子がその家に移されているという場面設定が、ここに書かれている。
「御子は」 みこは。皇子のことに関しては。
「かくても」このような時にも
「御覧ぜまほしけれど」帝は皇子をそばに置いて育てたいのだが。けれ、は助動詞、けり、の活用ではない。まほし、の已然形。
助動詞、まほし、の活用
行かまほしくば、行かまほしく、行かまほし、行かまほしき時、行かまほしけれど、 ○
行かまほしからず、行かまほしかけり、 ○ 、行かまほしかる時、 ○ 、 ○

「かかるほどに」このような時に
「例」れい

「まかでたまひなむとす」《独自の解釈、皇子は更衣の実家に退出なさるというはこびとなるであろう。》
たまはず、 たまひたり、 たまふ、 たまふとき、 たまへど、 たまへ
なむとす、(動詞連用形) + ぬ、完了、未然形 + む、当然・適当 + と、格助詞 + す、ここでは敬語の、したまふ、になっていない。
(cf, その年の夏 御息所 はかなき心地にわづらひて まかでなむとしたまふを 暇さらに許させたまはず)


何事かあらむとも思したらず
さぶらふ人びとの泣きまどひ 主上も御涙のひまなく流れおはしますを
あやしと見たてまつりたまへるを
よろしきことにだにかかる別れの悲しからぬはなきわざなるを
ましてあはれに言ふかひなし

「何事」 なにごと
たり、完了・結果存続、
「主上」 うへ
「御涙」 おほんなみだ
「あやし」不可解
「よろしきことにだに」《独自の解釈、ただでさえ》
「かかる」帝の愛した女性が死に、皆が泣いている、この場面。
「悲し」「あはれ」《独自の解釈、誰の気持ちがということではない。幼い御子の何もわからぬ様子が描かれ、「場面が」いっそう悲しく、あはれ、なのである。》



限りあれば例の作法にをさめたてまつるを
母北の方同じ煙にのぼりなむと泣きこがれたまひて
御送りの女房の車に慕ひ乗りたまひて
愛宕といふ所にいといかめしうその作法したるにおはし着きたる心地 いかばかりかはありけむ

「限りあれば」人が亡くなったときには遺体がいたむまえに葬ることになっているので
「例の作法にをさめ」 れいのさほふ。火葬にする。
「を」 当時は女親は火葬場には行かない慣わしであったにもかかわらず・・・
「煙」 けぶり
「御送り」 おほんおくり
「女房」 にょうばう
「慕ひ」 したひ
「愛宕」 おたぎ
「いかめしう」厳かに
「したる」「着きたる」たり、連体形、(前者)継続、(後者)完了、
「心地」 ここち
「かは」係助詞、結びは連体形


genji monogatari
むなしき御骸を見る見る
なほおはするものと思ふが いとかひなければ
灰になりたまはむを見たてまつりて
今は亡き人とひたぶるに思ひなりなむ
とさかしうのたまひつれど
車よりも落ちぬべうまろびたまへば
さは思ひつかしと 人びともてわづらひきこゆ

むなしき、から、なりなむ、までが北の方の台詞
「御骸」 おほんから、
「思ふが」が、格助詞。しかし、の意味の逆接の接続助詞、が、ではない。
「灰になりたまはむ」はひ。む、婉曲、連体形
「ひたぶる」ひたすら
「思ひなりなむ」思ひ成る、その気持ちになる。
「さかしう」しっかりと。きっぱりと言い切っていたのではあるが・・・
「落ちぬべう」落ちてしまいそうなほど。べし、の連用形、べく、の音便。
「まろぶ」倒れる
「さは思ひつかし」おもいつく、ではなく、おもひつ、と、かし、に分かれる。つ、完了の助動詞。かし、強調の終助詞、・・・のだ。やはり思ったとおりだ。強がりを言って、しっかりしているように振る舞おうとしていたが、やはり動揺を隠せぬ振る舞いは周囲の人たちに充分に予想されていた。
「もてわづらふ」困る
「きこゆ」思われる。


内裏より御使あり
三位の位贈りたまふよし 勅使来てその宣命読むなむ悲しきことなりける

「内裏」 うち
「御使」 おほんつかひ
「三位の位」 みつのくらゐ。更衣に従三位(じゅさんみ)の位を与える。
「勅使」 ちょくし、天皇の勅旨・宣命を伝える偉い人。
「来て」 きて
「宣命」 せんみゃう、天皇の言葉を伝える文



女御とだに言はせずなりぬるが あかず口惜しう思さるれば
いま一階の位をだにと 贈らせたまふなりけり
これにつけても 憎みたまふ人びと多かり

「女御とだに言はせずなりぬるが」 帝は更衣が后どころか女御でさえなかったことを悔いている
「一階の位」 ひときざみのくらゐ、もう一段上の位
「贈らせたまふ」 二重敬語


もの思ひ知りたまふは
様容貌などのめでたかりしこと
心ばせの なだらかに めやすく 憎みがたかりしことなど
今ぞ思し出づる

まともな人たち。いつまでも憎み続ける「弘徽殿など」との比較。
「もの思ひ知りたまふ」 準体法、まともな考え方をする人たち。宮中は「憎みたまふ人びと」ばかりではなかった。
「様容貌」さまかたち
「めやすい」感じのよい


さま悪しき御もてなしゆゑこそ すげなう嫉みたまひしか
人柄のあはれに情けありし御心を 主上の女房なども恋ひしのびあへり
なくてぞとはかかる折にやと見えたり

桐壺更衣に対して冷たかった女房たちのなかにも、いま悔いる人たちがいる。
「さま悪しき」 見苦しい
「御もてなし」 おほんもてなし、寵愛
「すげなう」容赦なく
「しか」 き、過去の助動詞、已然形
「人柄のあはれに情けありし御心」ひとがら、みこころ。桐壺更衣の性格。あはれに情けありし人柄の御心
「主上の女房」 うへのにようばう、帝に仕える女官
「恋ひ」こひ
「なくてぞ」(ある時は有りのすさびに憎かりき なくてぞ人は恋しかりける 「すさび」 気まぐれ、気まま。)


はかなく日ごろ過ぎて
後のわざなどにも こまかにとぶらはせたまふ

「日ごろ」 多くの日数
「後のわざ」のち。桐壺の更衣の実家での、後の法要。
「とぶらはせ」、せ、使役ではなく尊敬。使者を送ることによって、間接的ではあるが、帝は弔いをする。


ほど経るままに せむ方なう 悲しう思さるるに
御方がたの御宿直なども絶えて したまはず
ただ涙にひちて明かし暮らさせたまへば
見たてまつる人さへ露けき秋なり

帝の様子
「ほど経るままに」ふる。時がたつにしたがい
「思さるる」 おぼさるる、自発
「御宿直」 おほんとのゐ、女御・更衣に夜の相手として来るように命じること
「ひちて」 ひつ、漬つ。


亡きあとまで人の胸あくまじかりける人の御おぼえかなとぞ 弘徽殿などにはなほ許しなうのたまひける

「胸あく」 胸開く, 心が晴れる
「まじかり」 打消推量の助動詞「まじ」の連用形
行くまじくば、行くまじくなる、行くまじ、行くまじきとき、行くまじけれど、 ○
行くまじからず、行くまじかりて、 ○ 、 行くまじかる、 ○ 、 ○
「人の御おぼえ」 桐壺更衣への帝の寵愛
「などには」 などは。などにおいては、におかれては。
「許しなう」 容赦なく


一の宮を見たてまつらせたまふにも
若宮の御恋しさのみ思ほし出でつつ
親しき女房御乳母などを遣はしつつ ありさまを聞こし召す

「一の宮」 弘徽殿女御の息子
「御恋しさ」 おほんこひしさ
「思ほし出でつつ」思ひ出づ、他動詞、御子を思い出す。北の方の所に使いを送る目的。
「御乳母」 おほんめのと



野分立ちて にはかに肌寒き夕暮のほど
常よりも思し出づること多くて 靫負命婦といふを遣はす

「野分立ちて」 のわきだちて、九月の強風が吹いて
「肌寒き」 はださむき
「夕暮」 ゆふぐれ
「ほど」 とき
「靫負命婦」 ゆげひのみゃうぶ


夕月夜のをかしきほどに 出だし立てさせたまひて
やがて眺めおはします

「夕月夜」ゆふづくよ
「をかしきほどに」美しい時刻に
「出だし立つ」他動詞、(靫負命婦を)出発させる。させたまひて、二重敬語。
「やがて」そのまま


かうやうの折は御遊びなどせさせたまひしに
心ことなる物の音を掻き鳴らし
はかなく聞こえ出づる言の葉も
人よりはことなりしけはひ容貌の面影につと添ひて思さるるにも
闇の現にはなほ劣りけり

帝は更衣の思い出に浸る
「かうやうの折は」このような(月のきれいな晩には)
「遊び」音楽、舞など
「し」き、体験回想過去、連体形
「心ことなる」格別に美しい
「物の音を掻き鳴らし」もののね、琴
「はかなく」弱々しく
「聞こえ出づる」しゃべる
「けはひ容貌」けはひかたち、人物としての雰囲気
「つと」ずっと、じっと。
「るる」る、自発、連体形
「添ひて」(独自の解釈。琴の音やしゃべる声を容姿と重ねて思い出す)
「現」うつつ、現実。更衣の死んでしまっている現実において、思い出は過去にしか過ぎない。
むば玉の闇のうつつは定かなる夢にいくらもまさらざりけり、古今集、読人しらず、とは逆。むば玉の、枕詞。



命婦かしこに参で着きて 門引き入るるより けはひあはれなり
やもめ住みなれど 人一人の御かしづきに とかくつくろひ立てて めやすきほどにて過ぐしたまひつる
闇に暮れて臥し沈みたまへるほどに 草も高くなり 野分にいとど荒れたる心地して
月影ばかりぞ八重葎にも障はらず差し入りたる

南面に下ろして 母君もとみにえものものたまはず

「参で着きて」 までつきて
「門」 かど
「引き入るるより」 牛車を引き入れるやいなや
「やもめ住み」 やもめすみ
「人一人」 桐壷のこと
「かしづきに」 以前、娘を育てていたころは、そのために・・・。
「つくろひ立つ」 見苦しくないように手入れをする
「つる」つ、完了、連体形。
「闇に暮れて臥し沈み」 ふししづみ。ところが今は、桐壷の死を悲しんで
「ほどに」接続助詞、・・・するにつれて
「いとど」そのために、いっそう
「心地」ここち、様子
「八重葎」 やへむぐら
「障はらず 差し入り」 さはらず さしいり。誰も訪れる人のいない荒れた住まいに、月の光だけが雑草にも妨げられずに入って来ていた。
「たる」係助詞、ぞ、の結び。文の終わりであり、「南面」(みなみおもて、寝殿の正面)の修飾ではない。

八重葎 茂れる宿の 寂しきに 人こそ見えね 秋は来にけり 恵慶法師、えぎょう
(この荒れた寂しい住まいには来客はいないが、秋は来てくれる)
ね、は、ず、の已然形
行かず、 行かず、 行かず、 行かぬ時、 行かねども、 ○
行かざらず、 行かざりて、 ○、 行かざる時、 行かざれども、 行かざれ

「下ろして」おろして、(敬語になっていないので)、長柄を地面に置いて牛車を留める。
「とみに」 すぐには


今までとまりはべるがいと憂きを
かかる御使の蓬生の露分け入りたまふにつけても いと恥づかしうなむ
とて げにえ堪ふまじく泣いたまふ

「とまる」 生き残る
「御使」 おほんつかひ
「蓬生」 よもぎふ。よもぎなどの生い茂った荒れ果てた


参りては いとど心苦しう 心肝も尽くるやうになむ
と典侍の奏したまひしを
もの思うたまへ知らぬ心地にも げにこそいと忍びがたうはべりけれ
とてややためらひて 仰せ言伝へきこゆ

「参りては」 まゐりては。すでに典侍がこちらを訪れて帰ってきたとき、こちら様子を帝に報告していたところを靫負命婦はそばで聞いていた。
「心苦しう] こころぐるしう
「心肝も] こころぎもも
「典侍] ないしのすけ
「もの思う」 ものおもふ、のウ音便。ものおもひ、情緒、風情。
「ためらひて」 気を落ち着けさせてから
「仰せ言」 おほせごと、帝からの言葉
「けれ」けり、過去、典侍の報告を傍らで聞いていたとき、私は忍びがたかった。


しばしは夢かとのみたどられしを
やうやう思ひ静まるにしも
覚むべき方なく堪へがたきは
いかにすべきわざにかとも問ひあはすべき人だになきを
忍びては参りたまひなむや
若宮のいとおぼつかなく
露けき中に過ぐしたまふも
心苦しう思さるるを
とく参りたまへ
などはかばかしうものたまはせやらず むせかへらせたまひつつ
かつは人も心弱く見たてまつるらむと思しつつまぬにしもあらぬ御気色の心苦しさに
承り果てぬやうにてなむまかではべりぬる
とて御文奉る

命婦の台詞は「しばしは」から「まかではべりぬる」まで。その中での帝の間接的な台詞は「しばしは」から「とく参りたまへ」まで。
《独自の解釈、帝には北の方に会いたい気持ちなどさらさらない。帝がそばに置いておきたいのは御子。しかし命婦は礼儀として、帝は北の方に会いたがっていると言い、それから、あたかもついでのように御子にも会いたがっていると言う。しかし、当然、帝の手紙には御子のことしか書いてない。いかにすべきわざにかとも問ひあはすべき人だになきを、と命婦は口からでまかせを言う。》
「たどられし」たどる、考えまどう。らる、可能、連用形。し、き、連体形。
「やうやう」やうやく、の音便
「静まるにしも」静まる、連体形。なり、断定、連用形。しも、副助詞、後に否定的な文が続く。
「べき」べし、可能。覚めることがない悪夢なので苦しむ
「にか」なり、断定、連用形。か、疑問の係助詞、連体形の結びの、ある、などの省略。
「を」接続助詞、順接の場合は、そのような理由で、の意。
「忍びては参りたまひなむや」帝は北の方に、あなたの気が進まない気持ちは分かるが、そこを何とか我慢して、参内なさらないかと願う。
「若宮」 光源氏は今、北の方の家に暮らしている。帝は光源氏に会いたがっている。
「おぼつかなく」帝は若君の様子を自分の目で見ることができないので、若君のことがとても気がかりであり、
「思さるる」命婦が帝の言葉を伝えているので、おぼす、敬語が使われる。るる、自発、連体形。

帝の様子
「はかばかしうも」帝は、はきはきとは喋らず。
「かつは」しかしながら、その一方。
「思しつつまぬにしもあらぬ」人から弱い人間に見えても困るという様子がうかがえる
「御気色]みけしき

命婦は帝の話を最後まで聞かないような有様で
「承り果てぬやうにて」


目も見えはべらぬに かくかしこき仰せ言を光にてなむ
とて見たまふ

北の方の台詞
「目も見えはべらぬ」悲しみの表現。


ほど経ば すこしうち紛るることもやと
待ち過ぐす月日に添へて いと忍びがたきは わりなきわざになむ
いはけなき人をいかにと思ひやりつつ もろともに育まぬおぼつかなさを
今はなほ昔のかたみになずらへて ものしたまへ

など こまやかに書かせたまへり

「ほど経ば」から「ものしたまへ」まで、帝からの手紙の文。

「添へて」 そへて、(ときがたつに)つれて、どんどん辛くなっていく。
「わりなき」どうしようもない
「いはけなき人」 あどけない人
「いかに」 いかに過ごしているか
「もろともに育まぬ」はぐくまぬ。《独自の解釈、あなた(北の方)と私(帝)が一緒に宮中で御子を育てていないこと》
「今はなほ昔のかたみになずらへて」《独自の解釈、あなたが御子を宮中に来させたくないのならば、せいぜい、そうやって、そちらの家で御子と二人で毎日を過ごしつづけていればいいでしょう。あなたは本当は宮中が嫌いなのが理由なのに、御子を更衣の思い出という言い訳でそちらに留めていたければ、今もなお、いつまでも、勝手にそうしていたらいいでしょう。もっとも、あなたの企ては御子を東宮にすることではなかったのですか。》
「ものしたまへ」 《独自の解釈、どうぞ、そちらで毎日を過ごし続けて下さい。勝手にしろ。》
「を!」間投助詞、文末で荒らげた気持ちを強調。
「こまやかに」《独自の解釈、ここで読者は笑う》


宮城野の 露吹きむすぶ 風の音に
小萩がもとを 思ひこそやれ

とあれどえ見たまひ果てず

「宮城野」みやぎの、歌枕、宮中の意。帝の歌。
「露」涙
「音]おと、
「吹きむすぶ」(露を)吹き寄せて玉にする。
「小萩が」子供の
「思ひこそやれ」思ひやる。こそ、係り結び、已然形、やれ
「え見たまひ果てず」北の方は、最後まで読めない。地の文。帝の手紙がここまでであることを読者に示す。


命長さのいとつらう思うたまへ知らるるに
松の思はむことだに恥づかしう思うたまへはべれば
百敷に行きかひはべらむことはましていと憚り多くなむ
かしこき仰せ言をたびたび承りながら みづからはえなむ思ひたまへたつまじき

北の方の台詞、自分ばかりいたづらに長く生きていることを恥じる
「命長さ」いのちながさ 《独自の解釈、誰かが死んだあとで自分が生きている年月の日々。当時、女性は十二歳くらいで入内していた。桐壺更衣が死んだのが十七歳ぐらいとすれば、このとき北の方は三十五歳ぐらいかもしれない。平安時代の女性の平均寿命は四十歳である。》
「思うたまへ知らるる」思ひ知る、謙譲、自発
「松の」高砂の松が、長寿
「恥づかしう」《あなたもまだ、だらだらと長生きしているのか》と高砂の松に言われてしまうことが恥ずかしい。
《 いかでなほ ありと知らせじ 高砂の 松の思はむ ことも恥ずかし 》(じ、打消し意志。知らせまい。)
「百敷に」ももしきに、宮中で。
「かしこき」畏れ多い。
「みづから」身分のある女性の一人称単数。わたくし。私は、であり、私からは、の意ではない。《独自の解釈、娘の死後にもかかわらず、その母親が、孫が東宮になるのを待つ、松。そのような恥ずかしい目論見で宮中をうろうろしていたら、みんなからイジメられるでしょうから、私は神輿が上がりませんでした。》


若宮は いかに思ほし知るにか 参りたまはむことをのみなむ思し急ぐめれば
ことわりに悲しう見たてまつりはべるなど
うちうちに思うたまふるさまを奏したまへ
ゆゆしき身にはべれば
かくておはしますも忌ま忌ましう かたじけなくなむ
とのたまふ

北の方の台詞がつづく。光源氏が宮中に戻らなければ物語にならない。北の方は、宮中でのイジメを予期していると同時に、孫を東宮にしたくもある。
「いかに思ほし知るにか」なぜか、と訳す。
「参りたまはむ」参内を急いでいるように見える。《独自の解釈、北の方は帝が御子を身近に置くことを願っていることを知っているので、頑なに拒むのも申し訳なく、一応の礼儀として、御子のほうも宮中に戻りたがっているようだなどと、調子よく、いい加減な嘘をつく。本当は、御子は宮中に戻りたがってなどいない。ただ、北の方が、御子が東宮になることを期待しているのは事実だ。》
「ことわりに」はい、そうですか、と御子を宮中に連れていけない状況は、必然的に、御子にとっては辛いことだ。
「うちうちに」 《独自の解釈、この副詞を、奏したまへ、ではなく、思うたまふる、を修飾するものとして解釈できる。まことに有り難いけれど結構ですと曖昧な言い方で拒否している状況を露骨にならない言い方で帝に伝えて欲しい。宮中は意地悪な人が多いから、とは言わずに。》
「思うたまふる」思ふ、謙譲。私(北の方)がそのように思っているのであるということを、適当に(ふたつの意味で)、帝に伝えて下さい。
「ゆゆしき身」忌まわしい身。北の方が喪に服しており穢れている身であること。
「かくて」若宮が穢れた家に滞在していること。
「忌ま忌ましう」 いまいましう
「かたじけなく」畏れ多いことと。


宮は大殿籠もりにけり

「にけり」
・ 断定の、なり、(連体+)ならず、 にけり(または、なりけり)、 なり、 なる時、 なれども、 なれ
・ 完了の、ぬ、(連体+)なば、 にけり、 ぬ、 ぬる時、 ぬれども、 ね
連用形は、ともに「に」であるが、ここでは後者。もう寝てしまっていた。
因みに、
・ 推定・伝聞の、なり、(終止+・ラ変連体+) ならず、 なりけり、 なり、 なる時、 なれども、 ○
・ 形容動詞のナリ活用  ならず、 なりけり・になる、 なり、 なる時、 なれども、なれ 
・ 動詞、なる、 ならず、 なりけり、 なる、 なるとき、 なれば、 なれ


見たてまつりて くはしう御ありさまも奏しはべらまほしきを
待ちおはしますらむに
夜更けはべりぬべし
とて急ぐ

靫負命婦の台詞
《独自の解釈、チラリと覗いたとしても、それが原因で夜が更けてしまうということはない。北の方を説得するのが訪問の目的であったが、失敗したので、面倒になった。》
「御ありさま」みありさま。御子の様子
「らむ」現在推量、今頃帝が待っていらっしゃるだろう
「ぬべし」完了「ぬ」+推量「べし」。きっと夜が更けてしまうだろう


暮れまどふ心の闇も 
堪へがたき片端をだに 
はるくばかりに聞こえまほしうはべるを
私にも心のどかにまかでたまへ

北の方からの台詞
《独自の解釈、帰りたがる靫負命婦を引き留めて、死んだ娘のことをかわいそうと思うなら御子を東宮にするのが人情ではないかと、あはれっぽく、ネチネチと五七五七七で迫る。》
cf. 人の親の心は闇にあらねども 子を思ふ道にまどひぬるかな (藤原兼輔、かねすけ、紫式部の曽祖父)
「はるくばかりに」 気が晴れるまで、
「片端」 かたはし
「聞こえ」 言ふ、の謙譲語。申し上げる
「私にも」 わたくしにも、勤めとしてではなく、私的に
「心のどかにまかでたまへ」 遠慮なく、ここへ、いらしてください

年ごろ うれしく面だたしきついでにて立ち寄りたまひしものを
かかる御消息にて見たてまつる
返す返すつれなき命にもはべるかな

靫負命婦への北の方からの台詞が続く。
「年ごろ」 ここ数年の間
「面だたしきついで」 おもだたし、良いことがあった折
「見」会う
「御消息」 おほんせうそこ、ここでは帝からの悲しい、お見舞いの言葉を伝えるために。
「つれなき命」いのち、無情な運命

生まれし時より 思ふ心ありし人にて 故大納言 いまはとなるまで
ただ この人の宮仕への本意 かならず遂げさせたてまつれ
我れ亡くなりぬとて 口惜しう思ひくづほるな
と返す返す諌めおかれはべりしかば

北の方の台詞が続く。《独自の解釈、御子が東宮になることは、北の方自身の希望であるのだが、靫負命婦には「これは大納言の遺言なのだ」と言う。もしかしたら、北の方の作り話ではないとしても、話をだいぶ盛っている可能性もある。靫負命婦もそれに気づいている。》
「思ふ心ありし人」 親として将来の期待を寄せていた子
「いまは」 大納言の臨終
「ただ」から「口惜しう思ひくづほるな」までは、大納言の遺言
「本意」 ほい。撥音便無表記、ほんい、と読む。
「思ひくづほる」 気落ちする、くじける
「諌めおかれ」いさめおかれ。故大納言は、娘が入内して高貴な位につくことを望んでいた。父が死んでも後ろ盾がないと気弱にならず、必ず宮仕えさせよという遺言があった。
「しか」過去の、き、已然形

はかばかしう後見思ふ人もなき交じらひは なかなかなるべきことと思ひたまへながら
ただ かの遺言を違へじとばかりに
出だし立てはべりしを
身に余るまでの御心ざしの
よろづにかたじけなきに
人げなき恥を隠しつつ
交じらひたまふめりつるを

(北の方の台詞が続く)
《独自の解釈、桐壺更衣が入内したときには、すでに大納言は死んでいたので、入内させたのは北の方。それを、ただかの遺言を違へじとばかりに出だし立てはべりし、と大納言の責任にしている。靫負命婦は「ウソつけ、娘の顔が綺麗だったから、後見がいなくても、アンタが、これはイケると思ったんだろ」と口に出しては言わなかった。》
「はかばかしう後見思ふ人」更衣のためのうしろみとなることが頼もしく期待できるような人
「交じらひ」 まじらひ、宮仕え
「なかなかなるべき」 べき、推量。
「出だし立て」いだしたて
「御心ざし」みこころざし
「人げなき恥」 人並みに扱われない恥(みっともない恥)
「つる」つ、完了、連体形

人の嫉み深く積もり 安からぬこと多くなり添ひはべりつるに 
横様なるやうにて つひにかくなりはべりぬれば
かへりてはつらくなむ かしこき御心ざしを思ひたまへられはべる
これもわりなき心の闇になむ
と言ひもやらずむせかへりたまふほどに 夜も更けぬ

北の方の台詞が続く。
「横様」 よこさま、道理に合わないさま。ここでは、突然の病、不条理な死に方。
「安からぬ」  心穏やかでない
「なり添ふ」なりそふ、その度合いが増す。ますますそうなる。
「横様なるやう」 非業の死
「かへりては」  ありがたいことだが、しかし、逆に言えば
「かしこき」  恐れ多い、もったいない
「わりなき」 どうしようもない、理屈で割り切れない。 帝の寵愛が深かったせいで、周囲の嫉妬が積もり、娘はあのような不条理な死に方をしてしまった。だから、本来ありがたいはずの帝の御心さえも、逆に恨めしく思われてしまう。
これも心の闇(親の盲目的な愛ゆえの迷い)です、と締めくくる。


主上もしかなむ

靫負命婦の台詞
帝も後悔している
《独自の解釈、北の方と靫負命婦の会話におけるズレを当時の読者は楽しんだはずだ。北の方は桐壺更衣がかわいそうだったら御子を東宮にという方向で話しているのだが、靫負命婦は帝自身は桐壺更衣をひいきしすぎたのが失敗だったと後悔していると、はぐらかす。北の方からの要求を、靫負命婦は「帝も後悔しています」と鉄面皮で避ける。

我が御心ながら あながちに人目おどろくばかり思されしも 長かるまじきなりけりと 今はつらかりける人の契りになむ

靫負命婦の台詞、帝の言葉を伝えている。直接話法でありながら、帝への敬語が使われる。
「我が御心ながら」私(帝自身)の自分自身の意思による行動であつたのだが
「あながちに」 自分の衝動のおもむくまま、むやみに。
「思されし」 彼女を好きだった
「長かるまじきなりけりと」 《独自の解釈、そもそも長続きするような、きちんとした正しい男女関係ではなかったなあ、と》
「今はつらかりける」 後悔
「人の契り」 《独自の解釈、男女関係》

世にいささかも人の心を曲げたることはあらじと思ふを
ただこの人のゆゑにて あまたさるまじき人の恨みを負ひし果て果ては
かううち捨てられて 心をさめむ方なきに
いとど人悪ろう かたくなになり果つるも 
前の世ゆかしうなむ

北の方が帝のせいだと言えば、スポークスマン靫負命婦は、帝の意見として、桐壺更衣のせいだと反論する。
「人の心を曲げたる」 ひとの気分を害する
「人悪ろう」 体裁悪く
「ゆかし」 何々について知りたい
「前の世」 過去世

とうち返しつつ 御しほたれがちにのみおはします
と語りて尽きせず

「うち返しつつ」 帝は、何度も繰り返して言う
「しほたれがち」 帝は、泣き続けている

泣く泣く
夜いたう更けぬれば 今宵過ぐさず 御返り奏せむ
と急ぎ参る

台詞を終えた靫負命婦
《独自の解釈、靫負命婦には悲しむ理由がないから、ウソ泣きに違いない。》
「こよひ過ぐさず」こよひ過ぐさず(今夜のうちに)
「御返り」 (cf. 若宮の御恋しさのみ思ほし出でつつ 親しき女房御乳母などを遣はしつつ ありさまを聞こし召す)御子の様子を尋ねる帝への返事。《独自の解釈、ここは笑うところ。靫負命婦は御子を見ていない。》


月は入り方の 空清う澄みわたれるに 風いと涼しくなりて 草むらの虫の声ごゑもよほし顔なるも 
いと立ち離れにくき草のもとなり

「もよほし顔」 誘うような様子
「草のもと」 草の生え茂っている辺り
「いと立ち離れにくき草のもとなり」《独自の解釈、時間の経過から、そろそろトイレに行きたくなっているという意味にも取れる。しかし、草がクサいに掛かっているとは考えにくい。》


鈴虫の 声の限りを 尽くしても
長き夜あかず ふる涙かな

えも乗りやらず

靫負命婦は、車に乗ってしまわない。
《独自の解釈、すっと乗らずにぐずぐずしているのは、北の方からの靫負命婦への返歌、帝への返事の手紙、おみやげ、を北の方の侍女が持って来るのを待っていたから。》


北の方からの靫負命婦への返歌
いとどしく 虫の音しげき 浅茅生に
露置き添ふる 雲の上人

かごとも聞こえつべくなむ

と言はせたまふ。

「いとどし」 ますます、うるさくなる
「虫の音」 北の方自身が泣いていること。靫負命婦さまの歌の鈴虫とは、もしかしたら私のことかしら。
「浅茅生」 あさぢふ、浅茅が茂っている所
「露置き添ふる」 靫負命婦の涙が残る 《独自の解釈、靫負命婦さま、あなたさまのおかげで、さらに悲しくなりました。》
「かごと」 愚痴、不平
「聞こえつべく」 あぶな、もう少しで愚痴るとこだった。もう、愚痴ってますよ。
「言はせたまふ」 北の方は、靫負命婦にそう伝えるよう侍女に命じた。《独自の解釈、距離感。北の方は靫負命婦、雲の上人、をぐっと遠ざける。御子の様子にも無関心なくせに。》


をかしき御贈り物などあるべき折にもあらねば
ただかの御形見にとて かかる用もやと残したまへりける御装束一領 御髪上げの調度めく物 添へたまふ。

「をかし」趣のある、めでたい
「御贈り物」 おほん、帝への贈り物
「あるべき」ふさわしい
「御形見」 おほん
「御装束一領」 おほんさうぞくひとくだり
「御髪上げ」みぐしあげ、侍女が貴人の髪をゆうことの敬称。かみあげ、と読むと意味が異なり、結婚前の十二歳から十五歳の間に、成人(女子は13歳ごろ)した女子がおこなった儀式。
「調度めく」 てうどめく
「添へたまふ」 靫負命婦への返歌に帝への贈り物を添えた。


若き人びと 悲しきことはさらにも言はず
内裏わたりを朝夕にならひて
いとさうざうしく 主上の御ありさまなど思ひ出できこゆれば
とく参りたまはむことをそそのかしきこゆれど、

「若き人びと」 宮中から来た侍女たち。北の方の家に侍女がいるのならば、庭の草むしりぐらいさせてもいい。
「さらにも言はず」 勿論、言うまでもない
「内裏わたり」 うちわたり、宮中
「ならふ」慣れ親しむ
「さうざうし」 物足りない
「主上の御ありさま」 うへのおほんありさま
「思ひ出できこゆ」 思い出す
「そそのかしきこゆ」 勧める。歩いてたったの15分の所でしょ。


かく忌ま忌ましき身の添ひたてまつらむも いと人聞き憂かるべし
また 見たてまつらでしばしもあらむは いとうしろめたう思ひきこえたまひて
すがすがともえ参らせたてまつりたまはぬなりけり

「添ひたてまつらむ」 北の方が御子に伴って参内、さんだい、する。
「人聞き憂かる」 ひとぎきうかる、へんな目で見られる
「見たてまつらで」 (北の方が)御子の世話もせずに
「いとうしろめたし」 不安
「思ひきこえたまひ」思って
「すがすが」 思い切りよく
「参らせたてまつりたまはぬ」 御子を参内させない


(靫負命婦が15分後に御所に帰って来ると、帝はまだ起きていた。)
命婦は まだ大殿籠もらせたまはざりけると あはれに見たてまつる。

御前の壺前栽のいとおもしろき盛りなるを御覧ずるやうにて
忍びやかに 心にくき限りの女房四五人さぶらはせたまひて 御物語せさせたまふなりけり

「御前の壺前栽」おまへのつぼせんざい、清涼殿と後凉殿の間にある坪庭
「やうにて」 そのようなかたちで
「忍びやかに」 《独自の解釈、敵に聞かれたらマズい内容を》
「心にくし」 人柄の良い、趣のある人
「限り」 選択の条件。心にくき精神を持っていることを条件として選択した女性を四、五人
「御物語せさせたまふ」 おほんものがたり。二重敬語。《独自の解釈、みんなでお喋りをしていた。》


このごろ明け暮れ御覧ずる長恨歌の御絵
亭子院の描かせたまひて伊勢貫之に詠ませたまへる大和言の葉をも
唐土の詩をも
ただその筋をぞ枕言にせさせたまふ

「御絵」 おほんゑ
「亭子院」 ていじのゐん、宇多天皇
「大和言の葉」 やまとことのは、和歌
「詩」 うた
「その筋」 すぢ、そのような類のもの
「枕言」 まくらごと、いつも口癖に言う言葉
《独自の解釈、当時の読者には、このあたりは笑うところ。帝は確かに悲しんでいるのであるが、そもそも常に遊んでいる軽薄な青年のキャラクターであり、思慮深い人ではない。》


いとこまやかにありさま問はせたまふ

あはれなりつること忍びやかに奏す

帝は靫負命婦に北の方の家での様子を報告させる
「問はせたまふ」 二重敬語
「あはれなりつること」 《独自の解釈、感傷的な状態になっていたことを》
「忍びやかに」 《独自の解釈、すぐ前の文にも使われていた語であるが、ここでの意は、落ち着いた声で》


御返り御覧ずれば

「御返り」 おほんかへり、帝への北の方からの返事は次のとおり。

いともかしこきは置き所もはべらず
かかる仰せ言につけても かきくらす乱り心地になむ

「かしこき」 帝からの畏れ多い言葉
「置き所もはべらず」 恐縮している
「かかる仰せ言」 御子を宮中に住まわせよ
「かきくらす」 心の闇
「乱り心地」 みだりごこち

荒き風 ふせぎし蔭の 枯れしより
小萩がうへぞ 静心なき

北の方から帝への返歌
「静心」 しづごころ

などやうに 乱りがはしきを
心をさめざりけるほどと御覧じ許すべし

「乱りがはし」 帝に対して無作法な
「心をさめざりけるほどと」 北の方は、きっと冷静さを失っているのだ
帝の歌は「宮城野の露吹きむすぶ風の音に 小萩がもとを思ひこそやれ」であった。
「御覧じ許す」ごらんじゆるす、見許す、の尊敬語。見てそのままにしておく。見てとがめない。
《独自の解釈、荒き風、宮中でイジメられ続けたのは誰のせいか。小萩のもと、を、小萩のうへ、に変えて、主上をイジっている。北の方は、はい、じゃあ今度、そちらに御子を連れていきます、とは口が裂けても言わない。帝は精神的に弱いですね、等々》


いとかうしも見えじと 思し静むれど
さらにえ忍びあへさせたまはず
御覧じ初めし年月のことさへかき集め
よろづに思し続けられて
時の間もおぼつかなかりしを かくても月日は経にけりと
あさましう思し召さる

「かう」 そのように。帝は「静心なき」に見えてはならないので
「さらに」 けっして
「あふ」 完全には何々しきれない
「御覧じ初めし」 桐壺更衣を入内した頃
「かき集め」 思い出し
「よろづに」 なにかにつけて
「時の間」 ほんの少しの間
「おぼつかなかりしを」 当時は会うのが待ち遠しかったのに
「あさまし」 あきれる、驚くべき、なさけない


故大納言の遺言あやまたず
宮仕への本意深くものしたりしよろこびは かひあるさまにとこそ思ひわたりつれ
言ふかひなしや 
とうちのたまはせて、いとあはれに思しやる。

(以下の帝の台詞は靫負命婦によって北の方に伝えられるはずである。)
「あやまたず」 背かずに、たがえずに、約束を守る
「本意」 ほんい、と発音する、撥音無表記
「深く」 ちゃんと
「よろこび」 褒美、祝い、官位の昇進
「かひあるさまに」 報われていることの現れとして
「思ひわたり」 考え続けていたことではあったが。つ、已然形
「うちのたまふ」 何気なくつぶやく
《独自の解釈、靫負命婦の報告のなかに、桐壺更衣の入内は大納言の望みであったという北の方の発言があった。帝は勿論、入内する女性たちが親の家系の繁栄を目的としているという打算であることを知っている。葬式のあと、勅使が来て、正四位上の桐壺更衣に従三位の位を与えるという宣命を読んだが、それはそれとして、実際、つまらないであろう。(かひあるさまにとこそ思ひわたりつれ 言ふかひなしや)
御子を生んだのであるから、そちらのほうこそ期待するように、御子が宮中に戻るようにと、帝は北の方を説得したい。》 

かくても おのづから若宮など生ひ出でたまはば さるべきついでもありなむ
命長くとこそ思ひ念ぜめ
などのたまはす

「生ひ出づ」 成長する
「ついで」 御子が偉くなるような、場合、機会
「思ひ念ず」 祈る
「す」 尊敬


かの贈り物御覧ぜさす

亡き人の住処尋ね出でたりけむしるしの釵ならましかば
と思ほすもいとかひなし。

「さす」 使役。見せる
「釵」 かんざし、方術士が楊貴妃の霊魂のありかを探し当てた証拠。(長恨歌)。

尋ねゆく 幻もがな つてにても
魂のありかを そこと知るべく

「幻」 魔法を行う人
「つて」 人づて
「魂」 たま
《独自の解釈、帝の軽薄さが如実に現れている場面。常識的な漢詩を最近読み始めて、得意になっている若い帝。》

絵に描ける楊貴妃の容貌は いみじき絵師といへども 筆限りありければ いとにほひ少なし

絵を見て、桐壺更衣のほうがもっと綺麗だったと言う。

大液芙蓉 未央柳も げに通ひたりし容貌を 唐めいたる装ひは うるはしうこそありけめ
なつかしう らうたげなりしを思し出づるに
花鳥の色にも音にもよそふべき方ぞなき

「大液芙蓉 未央柳」 たいえきのふよう びやうのやなぎ 大液池の芙蓉、未央宮の柳
「通ひたりし容貌」 かよひたりしかたち、似ている
「唐めく」 からめく
「装ひ」 よそひ
「花鳥」 はなとり
「音」 ね
「よそふべき方ぞなき」寄そふ、かた、桐壺更衣の美しさは、それらでは喩えることができない。
いくら写真がなかった時代とはいえ、草木に喩えられて、何々のようだったなどと言われてもしょうがない。

朝夕の言種に
翼をならべ 枝を交はさむ
と契らせたまひしに
かなはざりける命のほどぞ尽きせず恨めしき

「言種」 ことぐさ
「翼をならべ 枝を交はさむ」 
在天願作比翼鳥  天に在りては 願わくば比翼の鳥ならむ
在地願爲連理枝  地に在りては 願わくば連理の枝ならむ
胴体の結合した雌雄の鳥が一対の翼で飛ぶ。一本の枝を共有している二本の木。比翼連理、ひよくれんり。
「かなはざりける」 契りがかなわなかった
「命のほど」 生きている間じゅう、一生の間


風の音 虫の音につけて もののみ悲しう思さるるに
弘徽殿には 久しく上の御局にも参う上りたまはず 
月のおもしろきに 夜更くるまで遊びをぞしたまふなる

・帝は
「風の音 虫の音」 かぜのおと むしのね
「もののみ悲し」 《独自の解釈、もの悲し、の間に、強調の副助詞、のみ、が入った》
「るる」 自発、連体形
「参う上り」 まうのぼり
・弘徽殿女御は
「には」 高貴な人物を直接さすことを避ける場合の動作主の格助詞の連語 
「上の御局」 みつぼね、帝のいる部屋のすぐ近くに弘徽殿女御のために用意されている部屋
「なる」 聴覚による推定 

いとすさまじう ものしと聞こし召す

・帝は
「ものし」 形容詞、不快
「聞こし召す」 耳で聞く、の尊敬語

このごろの御気色を見たてまつる上人女房などは かたはらいたしと聞きけり

「御気色」 みけしき、帝の精神状態
「上人、女房」 うへびと、にようばう
「かたはらいたし」 帝の気持ちをおもんぱかって、困惑する
「聞きけり」 弘徽殿女御の遊びの音を聞いていた

いとおし立ち かどかどしきところ ものしたまふ御方にて
ことにもあらず 思し消ちて もてなしたまふなるべし

「おし立ち」 我を張る
「御方」おほんかた
「ことにもあらず」 桐壺更衣の死など、たいした事ではない言わんばかりに
「思し消ち」 思い消つ、 気に留めない
「もてなす」 振る舞う

月も入りぬ

「入りぬ」 いりぬ


雲の上も 涙にくるる 秋の月
いかですむらむ 浅茅生の宿

「雲の上」 宮中
「すむ」 すむ、住む、澄む
「浅茅生の宿」 あさぢふ、北の方の家

思し召しやりつつ 灯火をかかげ尽くして 起きおはします

「思し召しやりつつ」 北の方の家のことを、《独自の解釈、思ひやりつつ、を尊敬語にした》
「灯火」 ともしび、油の入った灯明皿に漬けてある芯の頭を伸ばし尽くして

右近の司の宿直奏の声聞こゆるは 丑になりぬるなるべし

「宿直奏」 とのゐまうし
「丑」 うし、午前一時頃

人目を思して 夜の御殿に入らせたまひても まどろませたまふことかたし

「人目を思して」
「夜の御殿」 よるのおとど


朝に起きさせたまふとても
明くるも知らで と思し出づるにも
なほ朝政は怠らせたまひぬべかめり

「明くるも知らで」 桐壺更衣との夜
「朝政」 あさまつりごと
「べかめり」 にちがいないようだ。べかんめり、と読む。


ものなども聞こし召さず
朝餉のけしきばかり触れさせたまひて
大床子の御膳などは いと遥かに思し召したれば
陪膳にさぶらふ限りは 心苦しき御気色を見たてまつり嘆く
すべて 近うさぶらふ限りは 男女
いとわりなきわざかな
と言ひ合はせつつ嘆く。

「聞こし召す」 食べる
「朝餉」 あさがれひ
「けしきばかり」 ごくわずか
「大床子の御膳」 だいしやうじのおもの、昼食
「いと遥かに思し召し」 気が進まない
「陪膳」 配膳
「限り」 集合の限定
「男女」 をとこ、をんな。男も女も
「わざ」 ありさま


さるべき契りこそはおはしましけめ
そこらの人の誹り恨みをも憚らせたまはず
この御ことに触れたることをば 道理をも失はせたまひ
今はた かく世の中のことをも 思ほし捨てたるやうになりゆくは
いとたいだいしきわざなりと
人の朝廷の例まで引き出で ささめき嘆きけり

「さるべき契り」 そうなる因縁
「そこら」 多くの
「誹り」 そしり
「この御こと」 おほん、 桐壺更衣
「はた」そしてまた
「世の中のこと」 政治
「たいだいし」 怠怠し、怠慢な
「人の朝廷の例」ひとのみかどのためし。人の、外国の。玄宗皇帝と楊貴妃


月日経て 若宮参りたまひぬ
いとどこの世のものならず清らにおよすげたまへれば いとゆゆしう思したり。

「およすぐ」 成長する。およすく
「ゆゆし」 帝は、不吉であると思った


明くる年の春 
坊定まりたまふにも 
いと引き越さまほしう思せど
御後見すべき人もなく また世のうけひくまじきことなりければ
なかなか危く思し憚りて 色にも出ださせたまはずなりぬるを
さばかり思したれど 限りこそありけれと 世人も聞こえ 
女御も御心落ちゐたまひぬ

「坊定まりたまふ」 ばう、弘徽殿女御の息子が東宮に決まった
「引き越す」 順序を追い越す、第一皇子がいるにもかかわらず光源氏を皇太子したかったが
「うけひく」 承知する、同意する
「さばかり」 あれほど。第一皇子のほうを可愛がっていたのに
「限り」 なかなかそういうわけにもいかない
「世人も聞こえ」よひと。言う。
「落つ」 弘徽殿女御も安心した


かの御祖母北の方 慰む方なく思し沈みて 
おはすらむ所にだに尋ね行かむと願ひたまひししるしにや
つひに亡せたまひぬれば
またこれを悲しび思すこと限りなし

「御祖」 おほんおば
「慰む方」 なぐさむかた
「おはすらむ所」 桐壺更衣がいるところ、あの世
「亡す」 うす
「悲しび思す」 帝は

御子六つになりたまふ年なれば このたびは思し知りて恋ひ泣きたまふ

「恋ひ泣く」 こひなく

年ごろ馴れ睦びきこえたまひつるを 見たてまつり置く悲しびをなむ 返す返すのたまひける

(死に際し北の方は)
「年ごろ」長い間
「馴れ睦ぶ」なれむつぶ、動詞。きこえたまひつる、尊敬
「見たてまつり置く」 見置く、あとに残して死ぬ


今は内裏にのみさぶらひたまふ
七つになりたまへば 読書始めなどせさせたまひて 世に知らず聡う賢くおはすれば あまり恐ろしきまで御覧ず

「内裏にのみ」 うちにのみ
「読書始めなどせさせたまひて」 ふみはじめ。使役。
「世に知らず」 例がないほど素晴らしい
「聡う」 さとう


今は誰れも誰れもえ憎みたまはじ。
母君なくてだにらうたうしたまへ とて
弘徽殿などにも渡らせたまふ御供には
やがて御簾の内に入れたてまつりたまふ。

「じ」 打消の推量
「らうたし」 可愛い 
「やがて」 そのまま。帝は光源氏を連れて弘徽殿に行ったりした。


いみじき武士 仇敵なりとも 
見てはうち笑まれぬべきさまのしたまへれば 
えさし放ちたまはず

「いみじき武士 仇敵」 はなはだ怖い、もののふ、あたかたき
「うち笑む」うちゑむ。 ぬ 強意
「さし放つ」 遠ざける

女皇女たち二ところ この御腹におはしませど
なずらひたまふべきだにぞなかりける

「女皇女」 をんなみこ 
「ところ」 貴人の数え方
「この御腹」 おほんはら、弘徽殿女御
「なずらふ」 否定文で、二番目として並ぶこともできない

御方々も隠れたまはず
今よりなまめかしう恥づかしげにおはすれば
いとをかしううちとけぬ遊び種に
誰れも誰れも思ひきこえたまへり。

「隠れたまはず」 引っ込んでしまわずに
「今より」
「恥づかしげ」 見ている人が自分自身の顔を恥ずかしく思ってしまうほど相手が美しい
「をかし」 形容詞、美しい、可愛い
「うちとけぬ」  ぬ 強意
「遊び種」 あそびぐさ
「誰れも誰れも」 たれもたれも

わざとの御学問はさるものにて
琴笛の音にも雲居を響かし
すべて言ひ続けば ことごとしう うたてぞなりぬべき人の御さまなりける

「わざとの」 正式な
「御学問」 ごがくもん
「音」  ね
「雲居」 くもゐ、 宮中 
「うたて」 うんざり、真実性が問われる


そのころ 高麗人の参れる中に かしこき相人ありけるを聞こし召して
宮の内に召さむことは 宇多の帝の御誡めあれば
いみじう忍びて この御子を鴻臚館に遣はしたり

「高麗人の参れる」 こまうどのまゐれる
「相人」 さうにん
「聞こし召して」 耳にして
「宇多」 うだ
「御誡め」 おほんいましめ。外蕃の人は、必ず召見すべきときは、簾中に在りて之を見よ、直対すべからざるのみ。(外国人が御所に入ることは許されていたこととは、文意は合致しない。)
「鴻臚館」 こうろかん。京都の外国人用ホテル

御後見だちて仕うまつる右大弁の子のやうに思はせて率てたてまつるに
相人驚きて あまたたび傾きあやしぶ

「率る」 引き連れる
「傾く」 かたぶく、首をかしげる
「右大弁」 うだいべん、御子の後見の役目をする人。その人の子供のふりをして、鴻臚館に行った。
《独自の解釈、
占い師「いらっしゃい、何を占いましょうか」
客「当ててみろ」
というのがあるが、占い師をだませると思うならば、眼の前の人物が誰かも分からないような占い師に占わせるのは、つじつまが合わない。右大弁の息子として会う約束をし、鴻臚館の入口を入り、そのあとで占い師には本当のことを伝えたはずである。したがって、次に書かれている、天皇になる相が出ている人物として見れば、という答え方が不自然でなくなる。》


国の親となりて 帝王の上なき位に昇るべき相おはします人のそなたにて見れば
乱れ憂ふることやあらむ
朝廷の重鎮となりて 天の下を輔くる方にて見れば
またその相違ふべし
と言ふ

「上なき位」 かみなきくらゐ
「相」 さう
「そなたに」 その方面として
「乱れ憂ふる」 みだれうれふる
「朝廷の重鎮」 おほやけのかため
「天の下を輔くる方」 あめのしたをたすくるかた
「違ふ」 たがふ、 占いによると、役人になる相も出ていない。


弁も いと才かしこき博士にて 
言ひ交はしたることどもなむ いと興ありける

さて、占いが終わり
「弁」 右大弁
「言ひ交はす」 いひかはす

文など作り交はして 今日明日帰り去りなむとするに
かくありがたき人に対面したるよろこび
かへりては悲しかるべき心ばへをおもしろく作りたるに
御子もいとあはれなる句を作りたまへるを
限りなうめでたてまつりて
いみじき贈り物どもを捧げたてまつる

「文」 ふみ、漢詩
「かへりては」 逆に
「かるべき」 本来なら何々であるべきところが、実際、その時はそうはならなかった、の意。e.g. リチャード・キンブル、職業、医師、正しかるべき正義も時として盲しいことがある。
「心ばへ」 帰国が嬉しくもまた残念な高麗の相人の気持ち
「おもしろし」 趣がある
「捧げたてまつる」 高麗の相人から朝廷へのささげもの

朝廷よりも多くの物賜はす。

「賜はす」 たまはす
光源氏は周囲の雰囲気を気持ちの良いものにした。


おのづから事広ごりて
漏らさせたまはねど
春宮の祖父大臣など いかなることにかと思し疑ひてなむありける

「広ごり」 ひろごり、世間に
「漏らさせたまはねど」 二重尊敬なので、帝は誰にも言わなかったがの意。
「春宮の祖父大臣」 とうぐうのおほぢおとど、弘徽殿女御の父親、右大臣。

親王、しんわう、になる = 皇位継承権をもつ
父方が天皇家であることに加えて、条件は、母方の家柄、後見、外戚。
摂関政治。政治の内容は天皇家ではなく、藤原氏の人間が支配していた。
つまり、母方が「藤原の何某さん」でなければ、天皇にさせてもらえなかった。桐壺更衣が生んだ男子は藤原ではないので、帝から贔屓にされると、藤原の連中から命を狙われかねない。のちに、桐壺更衣の子供の名字が「源さん」になるとは、皇位継承権を諦めることに等しい。
既に弘徽殿女御の息子が東宮に決まっているにもかかわらず、高麗の相人と朝廷が仲良く桐壺更衣の子供の将来をこそこそと相談している。摂政関白になるはずの弘徽殿女御の父親は、この朝廷の動きをいぶかしく思った。


《独自の解釈、このままでは、光源氏を親王にしないことが一人の高麗の占い師の意見によるものとなってしまう。そこで紫式部は、帝が既にそれを考えていたこと、さらに日本の占い師からも既にその助言があったことを書き加える。》

帝 かしこき御心に 倭相を仰せて 思しよりにける筋なれば 今までこの君を親王にもなさせたまはざりけるを
相人はまことにかしこかりけり
と思して、
無品の親王の外戚の寄せなきにては漂はさじ
わが御世もいと定めなきを
ただ人にて朝廷の御後見をするなむ行く先も頼もしげなめること
と思し定めて
いよいよ道々の才を習はさせたまふ

「かしこき御心に」 みこころ。帝が頭の中で
「倭相を仰せて」 やまとさうをおほせて。以前に日本の占い師に占わせて得た助言を参考にして
「思しよりにける筋なれば」すぢ。帝が頭の中で既に考えていた計画
「親王」 みこ、と読む。
「相人」 このたびの高麗の相人も、同じことを言った
「外戚」 げしゃく、母方の家柄。当時は、たとえ天皇の血を継いでいる男子でも、母方の家柄が藤原であることが重要であった
「無品の親王」 むほんのしんわう、と読む。親王の位階、いかい、を持たない親王
「漂はす」 ただよはす、不安定な状態のままでいさせる、さすらわせる。
「ただ人」 ただうど、皇族ではない人、臣下(しんか、皇族の家来)
「朝廷の御後見」 おほやけのおほんうしろみ、朝廷の手伝いをする人。これが安定した職だ。
「いよいよ」 ますます、いっそう
「道々の才」 いろいろな学問、芸能


際ことに賢くて ただ人にはいとあたらしけれど
親王となりたまひなば 世の疑ひ負ひたまひぬべくものしたまへば
宿曜の賢き道の人に勘へさせたまふにも 同じさまに申せば
源氏になしたてまつるべく思しおきてたり

「際こと」 きはこと、形容動詞、際立って 
「あたらし」 漢字は、惜し、と書く。もったいない
「宿曜」 すくえう、星の運行による占術
「勘ふ」 かんがふ、思いはかる


年月に添へて 御息所の御ことを思し忘るる折なし
慰むやと さるべき人びと参らせたまへど
なずらひに思さるるだにいとかたき世かなと 疎ましうのみよろづに思しなりぬるに

「慰むや」 なぐさむや、これならどうだと
「さるべき人びと」 ここでは、顔の綺麗な女性、の意。
「参らす」 まゐらす、 あてがう
「なずらひに」 否定文で、二番目として並ぶこともできない
「思さるる」 準体法、二番目として並ぶような女性すら存在することもありえない世界

先帝の四の宮の 
御容貌すぐれたまへる聞こえ高くおはします 
母后世になくかしづききこえたまふを
主上にさぶらふ典侍は 先帝の御時の人にて かの宮にも親しう参り馴れたりければ
いはけなくおはしましし時より見たてまつり 今もほの見たてまつりて

「先帝の四の宮」 前の帝の四番目の妻
「たまへる」「おはします」「たまふ」 準体法
「母后」 ははぎさき
「かの宮」 先帝の四の宮のいるところ
「いはけなし」 幼い
「ほの見ゆ」 スッピンをまじまじと見るわけではない

¬